【第22話】集団自殺
聖地フェザーの中心街リカリシューは全方面へのゲートを封鎖してグールの侵入を阻止しようとしたが失敗した。
信仰深い住民たちと町並みは蹂躙され尽くされ、ほんの半日で陥落した。
グール発生して三日目。小数人で密かに息を潜めている生存者を除けば、フェザーで生き残っている人間はパラレア大教会に立てこもっている二百三名だけである。
「王都に救援要請は出したんだろうな!!」
枢機卿リスコインが部下に対して怒鳴り散らかした。
「いくつも伝書鳩を使って送ってはおりますが…、数日前からバラー平原に観測されている腹ペコアンダーに阻害され、無事届くことは難しいかと…」
部下は申し訳なさそうに言った。
王都以外にも周辺都市に要請は出しているが返事はなかった。
「クソ!役立たずめ!」
立て籠って数日、彼らは大教会の上層階に籠ってグールをやり過ごしている。
大教会は巨大建築物で人二百名の共同生活でも十分すぎるほどのスペースはあったが現実的課題は食糧問題だった。
残りの食料はわずか。
一階二階部分はグールに占領され降りることはできる状況ではない。
教会の聖騎士団は一連の騒動で壊滅的に減ってはいるが三十数名残っている。
食料を確保しに向かわせることもできるが、怖いのはしれッとグールに噛まれて何事もなかったかのように帰ってくる者がいないとも限らないということだ。
そうやってグールは安全圏の中で湧いてきた。
直にグールというものを目撃して気付いたことだが、感染は噛まれるという行為がトリガーのようだった。逆に噛まれず殺された者はグールと化さず死んだままである。
「ロテテモめ…。情報は正確に伝えろ…、無能めが…」
リスコインが愚痴るがこの場に【見す者】ロテテモ大司祭の姿はない。
常日頃から「為されるがまま」が口癖だった彼だ、グールが流れ込んできたあの時も動かず一階に残って殺されてしまったのだろう。
現状残っている大司祭は三人。
階段部分に結界を張ってグールが昇ってくるのを防いでいる【
己の血とグールの血を混ぜて特効薬を作成しようとしている【薬血の杯】大司祭チダー。
知性溢れ最も民に慕われている【導き】大司祭トト。
残念だが三人とも戦闘向きの奇跡を担う大司祭ではなかった。
彼らでは食料を取りには行けない。
「ア…、アレが欲しい…」
廊下で頭を回転させていると教皇ラスが知らぬ間に接近しており言葉を発した。
隣には異様に露出度の高い服装をした女【右席】コロンネ枢機卿が寄り添い立っている。
「リスコインよ…。ワシはアレが、欲しい…」
ラスが指差すのは廊下の窓の外に見える黒い群体。グールだった。
何を言いたいのか【左席】のリスコインはすぐ察する。
「ご意向は理解します。アレを我らの手中に収めることができれば王都は落とせましょう…」
もしも思いのまま利用できれば強大である王都すら屠ることができるだろう。
民の数がそのまま脅威と成り替わるのだ。豊かな地ほど猛威を振るうに違いない。
聖地フェザーがたった数日でここまで追い詰めたように。
だがもう王都打倒の野望など二の次だ。
今はそんなこと考えている暇はない。聖地は終わってしまったのだ。
「けれども我々はまだ終わってはいない…。そうであろう?」
「無論でございます。教皇ラス様」
色々と失ってはしまったがリスコインは諦めていない。
―――それでもまだまだやりようはある。
信者が死に絶えて聖地がいくら汚されようとも教皇ラスが存命ならフェスタリア教は不滅なのだ。
(こうなったら是が非でも生き残って王都を乗っ取ってやる…!)
聖女ラナと第一王子ハローィの結婚式、招待した王都の重鎮たちは必ず面子にかけて腹ペコアンダーを越えてやってくる。
あちらも異常にすぐ気づくだろう。
そうなれば一縷の望みを賭けて第一王子の救助部隊を出してくるはずだ。
耐えていれば光明はある。
「行くのだ…。使命を為せ…」
「了解でございます…!」
すぐにリスコインは動きだした。
まず
数少ない食料をもたせるためには人員削減は必須である。
とりあえず騎士団の者らをはじめ、役に立たない者には消えてもらうことにした。
大広間に集められた百八十人は壇上に【導き】トト大司祭が立ったことに何の疑問も抱かなかった。
むしろ薄暗い部屋の中で結婚式用の丸テーブルに座らされた者たちは優しそうで端正な顔をしているトトの登場に安堵する。
「皆さん我々は今これまでになかった最大の危機に陥っております、しかし―――」
大司祭トトはそこでありがたい説法を披露し始めた。
立場は違えど全員が信仰深い教徒。突然のことだったが受け入れる。
聞きながら一人また一人と聴衆は音もなくテーブルに突っ伏していく。
公にされていたなかった大司祭トトの奇跡は【安楽死】だった。
発声と共に吐出されたガスは痛みも苦しみもなくその場にいた者ら全員を死に至らしめた。
仕事を済ませトトは手元のボタンを押して窓を覆っていた暗幕を開ける。
彼のガスは日光で中和されるのだ。
それを既知しており確認したリスコインが部屋の中に入ってきた。
「よくやった。トト大司祭」
「はい。この場にいる彼ら全員に、フェザール…」
「こやつらもありがたい説教を聞きながら安らかに死ねたんだ。この世で最も幸福な死であっただろう。気に病むな」
「ですが…。いえ、分かっております。こうするしかなかったということは…」
リスコインのお気に入りトト大司祭がこのような役回りを受けたのはこれが初めてではなかった。
暗殺者というのが温厚で人当たりのいい人気ある彼の裏の顔であった。
もちろん平気ではない。
が、必要な行為だったと良心の呵責がありながら自分を納得させた。
食料が足りなくなれば奪い合いになる。
そうなるよりかは、こうやって…。
「フェザールだよ…、貴様もな」バッ!!
「ッ!?」トトの首に縄が回された。
背と背を合わせて力いっぱい縄を引っ張られる。
リスコインの身体を土台にトトの足が浮いた。首が閉まる。叫び声も出せない。
逃れようと暴れるが肥えた大きな背中から逃れることはできなかった。
「この閉鎖された空間じゃお前の力が最も恐ろしかった…。夜寝ている間に無理心中なんてされたらたまったもんじゃない…!」
上に命令されて多くの命を奪ってきた男がいた。
聖職者に相応しくないような奇跡を与えられながらも、企みに利用されながらも、それでも善人としての生き方をしようと努力してきた者がいた。彼は。
窓から差す光に手を向けて―――…。
数時間後、ラナとハローィの二人が大広間で亡くなっている大勢の遺体を発見した。
壇上には首を吊って死んでいる大司祭トトの姿があった。
ラナの叫び声を聴いて人が集まってくる。
「集団自殺だな…」
別の部屋に戻っていたリスコインが何食わぬ顔で出てきてそう言った。
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