【第25話】聖地壺のポーズ


上小鬼族ハイゴブリンの【選ばれし者】ゴブル・マーチは現在、人の姿を装っていた。

すれ違う者の目を怪しくも惹く緑と黒の髪色に長身の端正な顔立ちをした男にだ。


そんな彼はいま聖地フェザー中心に在るパラレア大教会にいた。

一階のグールで埋め尽くされたフロアの真ん中を歩いて行く。


「グルルルル…」


グールどもは見えてないかのように彼を無視していた。

反面、知性なきグールはゴブルの進行を無視しないように動いて道を作る。

無規則でそれぞれうろつくグールの群れに一つのルールが投入されたかのような不自然な光景だった。


「何とも…、奇妙な」


言葉があった。ゴブルは見渡す。

その場には彼以外に後ろに付く一体の小さくて青いハイゴブリンしかいない。

彼女ではない。グールが発した言葉のわけでもないはず。


「ここですよ。ここ」


声がした方へ顔を向けると窓際にツボが一つあった。

ゴブリンと背丈が一緒ぐらいの高価なツボだ。

信者たちの献金で購入された値段128万GPするインテリアである。


「教会のツボは喋るのか?」


人が入れるような大きさではなかった。


「冗談を言うんですね。私は【見す者】ロテテモ」


「大司祭か」


半裸のロテテモは長年続けていたヨーガの神秘的ポーズで狭いツボの中に入り込んでいた。

大教会をグールによって占領された時からずっと。

こうして彼はグールの目を欺いてきていた。


数日にわたる断食、同じ体勢のままいることを強いられたが普段から同じような修行をしていたためさほど苦ではなかった。


「初めましてでは、ありませんね。お久しぶりです


「…なぜそれを」


少しピリ付いた空気になったのを青いハイゴブリンのメリッサは肌で感じ取った。

ロテテモはツボに入ったままだ。


出てきたらグールの餌食となるだけだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。


「思い出した。ロテテモ大司祭…。魔王討伐の旅で立ち寄った時は世話になったな」


「あの時の貴方は共和の象徴でした、偉大な死を遂げたとされる今もですが」


「…上辺だけのな」


「はい。あの日魔王城で何があったのかもが気持ちいいぐらいに裏切られていましたね」


ロテテモはここから遠い地であったことを全て目にしていた。

ゴブルが鞭打たれ呪われ踏みつけられ祠に詰め込まれた姿を事細やかに。

見えるだけで音は聞こえなかったものの、その光景だけで事情を察するには十分だった。


「でもそれだけで俺がだとは繋がりはしないだろ」


ハイゴブリンのゴブルと人の彼は似ても似つかない別人だ。


魔王鎮魂祠の内部空間まで見通せゴブルが黒の王となる一連までも見ていたのならまだしも、かつてハイゴブリンだった頃に会った際【見す者】で見通せる先はこの世に限られると言っていた。


地獄や天国は見れない。


あの世を見ることができていたらより具体的な説法ができていますよ。

結局は人の目で眺めるのと変わらないのですから。

と、ロテテモは話してくれた。


そして魔王らの魂の封じられていたあの空間はそういう類のものだった。


黒の王としてこの世に顕現したのはラシャルモニアの地下研究所、そこで秘密裏に生み出されていた魔王生命体を器に復活を果たしたが、その時点からまたいても彼がゴブルと判断することは―――。


「分かりますよ。姿かたちが変わろうとも人の本質は変わりませんのですから」


「…」言葉にゴブルは思うところがあった。


ロテテモは内面こそ重要だと。

この世界には外見より中身を見て人を判断する者もいることをハイゴブリンに伝えたかった。

それこそ実はゴブルが一番聞きたい言葉だった。


人も亜人も中身は変わらない。

その一言を伝えたくてロテテモはここでずっとゴブルを待っていた。


「そうか」


ゴブルは心が少し軽くなった気がした。


思いだせば小さなハイゴブリンは半裸の大司祭に相談したことがあった。

世捨て人の気質を持ったロテテモだけに「僕も人間に生まれたかった」とちらりと。

だからこうしてピンポイントに救いを説けたのかもしれない。


それでもいい。大事なのはその結果だ。


誰か一人でも自分を理解してくれる人が存在すると分かるだけでも救われるには十分なのだ。


「ありがとう」


「いいんですよ」


為すがまま成されるがまま主義の大司祭は、救いを求めている者がいれば手を差し伸べに行くのである。

今回はだったが。


「それでも」


「はい。復讐劇を止めるつもりはありませんよ。私は見ているだけです」


ロテテモは大司祭としてだけである。

滅ぼそうとする者に抗うことも止めることも彼の役目ではない。


「上は悲惨ですよ。人減らしを企んだリスコイン枢機卿はトト大司祭を利用し多くの人の命を奪いました」


そしてその夜、チダー大司祭を始末しようとしたリスコインが逆に噛まれたこと。

彼女のグール化が遅かったのは血清を生成する血のおかげだとチダーの血を大量に摂取したリスコインが半ば人外と成り果てながら人を減らし続けていったこと。

聖女ラナによって一連の殺人がリスコインだと解き明かされ、壮絶な激突があり多くの血が流れ出たこと。


今残っている生存者は三人だということを伝え言った。


なぜかは分からないが、現場を見ておらず知らないゴブルにそれらをここで伝えなければならない気がしていた。


「そうか三人か、たった数日で」


生存者に聖女ラナが含まれるかどうかは尋ねなかった。

彼女が生き残っていることは確信していた。


ゴブルは知っている。聖女ラナは誰よりもたくましくしぶといことを。


自分の役目が終わったことをツボのロテテモは悟った。


「最期に聞きたい。このグールどもは何ですか」


最後の言葉は単に気になっていたことに対する質問だった。

グールのようでグールではない感染増殖する死者の獣。


多くの者が知り得ようとして誰も答えまで辿り着くことはできなかった事だ。


答えを教えるように元凶は指を鳴らした。パチン。


ゾゾゾ!

その場のグールたちの頭部の孔という孔から細長い虫が噴き出た。

とんでもない量の虫が地面を這う。


「魔王百足。脳に寄生する百足だよ」


魔王城でエリーナから受けた体内へ浸食し激痛を与え続けてくる呪いの魔法をヒントに、術式の魔王メリッサたちに注文して作ってもらった寄生虫であった。


脳の大部分を食い破り巣を作り手足から細長い触手を伸ばして電気信号を送り人体を操作する百足だ。

特殊なフェロモンを使えば大雑把な指示を出すこともできた。


生命体であるため【聖櫃】は効かず、卵を唾液と共に他者の血管へ送り込み宿主を増やす百足こそ聖地フェザーを墜としたグールどもの正体だった。


呪いでは聖職者によって解呪されるためわざわざ生命体として生み出したのだ。


青いメイド服を着たハイゴブリンは背後で誇らしげな顔をした。


「悍ましい…、悍ましい…、悍ましい…、こんな死があるのか、赦されるのか!!ああ!悍ましい!」


あまりの光景を見てしまいツボは壊れた。


あああ。悍ましいものだ。


このあと逃げ場はなく餓死の他ないロテテモは情けをかけられ殺されただろうか。

あえて魔王の王は手を下さなかったかもしれない。


どちらにしろ彼はなされるがままである。

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