【第16話】フェザール、それは祈りという意


聖地フェザー、レレーダの町では暴動が起きていた。

空から町の様子を見てみると至る所で火事が発生している。


レレーダの住民によってレレーダは襲撃されていた。


例えばそこで絶体絶命になっているヤンマ青年に馬乗りになっているのはその友人ゴン。

ゴンは生まれも育ちもフェザーの青年で温厚な性格をした青年であった。

だが数分前まで純粋無垢な目で神を説いていた彼は豹変し血に染まる。


ヤンマ青年とゴン青年による悲劇もここではもう珍しいことではない。

同じような事案が町ではいくつもいくつも繰り広げられていた。


「はぁ…、はぁ…」


往来を逃げ惑う者らの中にフレーラ司祭の姿もあった。一人だ。


レダは殺された。


「何と言うことだ…」


どこもかしこも惨劇が起きている。


あちらではパニックになった馬車が人を撥ね飛ばしながら暴走している。


火事に向かおうとする消防隊の姿は見られず、倒れている者に構おうとする者も姿もない。

誰もそんな余裕はないのだ。

フレーラだってそうだった。ボロボロになった身体は限界寸前で悲鳴を上げていた。

だがそれでも彼は血塗れになって負傷した見知らぬ男性に肩を貸しながら歩いて逃げていた。


「大丈夫ですよ…、きっとこれも神の与えし…、試練、なのですから…」


神は乗り越えることのできる試練しかお与えにならない。

そうフレーラは信じながら男を励ました。


「司祭様…、フェザーはどうなるんでしょうか…」


「すぐに教皇様が鎮圧聖部隊を送ってくださるはずです…」


ゆっくりと冷たくなっていく男性にフレーラは何もしてやることはできない。


「わ、私は大丈夫です…。死んでも、神の御許へ参るだけですから」


司祭の気持ちを察して男は言った。


「死は怖くはありません…。死に、救いは…、ありますから…。ですよね、司祭様…」


「もちろんですとも…」


「ありがとうございます…。さ、最期に、司祭様と話せてよかっ、た…」


ガクリと男から力が抜けていった。

体温に命は感じられない。


≪あなたの御霊に神の御加護があらんことを。安らかあらんことを。…フェザール≫


静かにフレーラは彼の死後に祈りを捧げた。

男は安らかな顔で眠っている。


そして「ガァアア!!」と男の顔は跳び起きた。

ビクッと驚くフレーラ。

歯茎をむき出しにした形相はグールだ。


「う、おおおおおお!!」


どうして彼はグールなんかになった。

元となる悪霊なんていなかったはずなのに。


噛まれる―――


歯がフレーラの顔面に触れる寸前パンッ!とグールの頭が飛んだ。


「フェザール!」


助かった。

意外と首の断面からの出血はなかった。

心臓が止まっているからだ。


バランスを崩しフレーラはグールの身体ごと地面に倒れる。


そっと手が差し伸べられた。


「司祭の方ですよね?私は修道士ススマーン。よかった、間に合って」


ススマーンの手には長刃の剣が握られている。

その物騒な道具で彼は動くグールの首を一撃で刎ねていた。


「司祭フレーラです。ありがとう…。助かりました」


助けられたお礼を言ってフレーラは手を取った。

起き上がる。グールとなって首を失った男性は二度と起き上がってくることはない。


「首を斬るか頭を潰せばもう問題はありません」


「何が起きているんですか…?」


フレーラの方が質問した。

列車カイソクの事故、グール、レレーダの町の暴動。

原因と事情を知りたいことはたくさんあった。


「ちょっと待ってください」


ススマーンはそう言うと後ろを振り向いて人を追いかける一人の暴徒を横から切り裂いた。

暴徒は上半身と下半身に両断される。


(うう、暴徒相手にそこまでしなくとも…)


そう思ったら「ガァアアア!」と上半身だけになった暴徒はそれでも威勢よく声を上げた。

誰かの元へ向かおうと爪で地面をひっかき移動しようとしている。

内臓がこぼれるのもお構いなしに。これは命持った者の行動ではない。


「これは、グールか…」


その暴徒もグールだった。

もしかして今レレーダで暴れている暴徒たちとは―――…


「全員グールです」


ドスッ!

いまススマーンに止めを刺されたグールはだった。


「死んだ者が蘇りグールとなって人を襲っているのです」


ススマーンも詳しい訳ではなかった。

言えることはそれだけであった。


そもそも便宜上様子が似ているのでグールとは呼称しているが、【聖櫃】が効かない彼らが本当にグールであるかどうかさえ判断しかねていた。


正体不明の魔物。

頭をなくせば無力化はできることは判明したが減らす以上に数はどんどん増えていっている。


「フレーラ司祭様はマヤテラ教会に向かってください。そこで大司祭様が結界を張って避難を呼びかけています。すぐそこです」


「ススマーン君はどうするんだ」


「私はグールを減らしながら人を助けます…。奇跡は扱えなくとも私にはこの剣がありますから」


「そうか…」


危険な選択だがフレーラにはその行為を止めることはできなかった。


教師として止めるべきなのだが、大勢の生徒を見てきたから分かっていることもある。

こういうとき強い意志を持った若者の行動は尊重するしかない。

フレーラ自身今日はそのおかげで助かった訳なのだから。


「気を付けて。無理はしないでください、フェザール…」


「フレーラ様も、フェザール」


別れを済ますとすぐにススマーンは行ってしまった。

彼がまっすぐ走っていくだけで剣は何度も振られ幾人もの命が助かっていく。


フレーラは言う通りマヤテラ教会に向かうことにした。

だが。


(死んだ者が蘇る…)


この言葉に嫌な予感がしていた。

聖職者としてとある逸話が脳裏をよぎる。



かつて聖地フェザーには【聖者】がいた。

彼は一度死んで、三日後生き返った。



(同じことがレレーダで際限なく起きているということになるのではないか…?)


蘇った【聖者】は数々の奇跡を起こした。

蘇りとは彼にとっての序章であった。


この地獄絵図もまた序章にすぎないのだとしたら―――

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