【第15話】凄惨


車内の天地がひっくり返って横転した列車、カイソクは脱線して集合住宅地に突っ込んだ。


大小並ぶ建物の群れは人を巻き込みながらへし折られ崩壊していった。

車内の乗客らは強い衝撃に上へ下へと叩きつけられながら形を失っていった。

鋼鉄の列車も折れて曲がって形を損ねていく。


歴史の一ページに残ってしまうような大惨事が起きてしまった。



「ううう…」


フレーラは大惨事の中奇跡的に生きていた。

誰よりも信仰を大事にし、司祭と兼ねた教師業にて数多くの進行を導いてきた功績の賜物だろうか。

そうであるかどうかは神のみぞ知ることだが、ふらつく頭でまたひとつ彼は感謝した。

神よありがとうございます。命を救ってくださってと。   


そして目を開けて絶句する。


変形した鉄の車体は大きく裂けていた。


「何と、言うことだ…」


そこからは光が差し込んでいる。


乗客の大多数はその裂け目から外に放り投げられてしまったようで倒れている人の数は少ない。

フレーラはすぐに立ち上がって他に生存者がいないか探した。


小さな呻き声すら聞こえない。

声をかけても返事をする者はいなかった。


彼自身命助かったが無傷というわけではない。

すぐによろけて膝を付いてしまう。何と無力なことだろうか。


そんな彼の前によろよろと立ち上がる人影が。


「グ、グ、グ、グ…」


「よかった…。生き残りがいたんですね…、あ…」


その顔には見覚えがあった。フレーラが先ほど席を譲った男だ。

蒼白くなった具合の悪そうな顔は印象深い。

男に何か違和感があることに気付く。なんだ?


「身体が…」


腕の向きが変だった。足の向きもだ。腰、お尻がこっちを見ている…。


首だけがこちらを向いていた―――


「【聖櫃アーク】!!」


フレーラの対応は早かった。

あちらがこちらの存在に気付く前に発光する聖属性の魔法の直角三角形の刃がグールの身体に突き刺さる。


人体を物理的には傷つけない、悪霊のみを貫く聖なる一撃が見事にグールを討った。


「勘違いではなかったのか…」


信じ難いことだがグールは実際にいた。


「ガアッ!!」


浄化したはずのグールが顔を上げた。


人の死体に悪霊が憑りつき生まれる魔物グール。

その弱点となる聖なるアークが直撃したはずなのに。


グールは口の端が裂けるほど大きく開口してフレーラに飛びかかった。

咄嗟にフレーラは両腕で突進してきた男の肩を掴み、噛まれるのを阻止した。

眼前でガチガチと噛み合う歯の音が鳴る。


「ぐ…、ぐぐぐ…」


「ガァアアア!!」


グールの首が真後ろ向いてくれていたのが功を奏した。

両腕が後ろを向いて使えていないし、腰も入っていないため抗えることができる。


「だ、誰か…」


しかしフレーラも身体に力は入らない。このままではじり貧である。


「おい!誰かいるのか!?」


願いが届いたのかそのとき列車のドアが壊れて飛んでなくなった出入りから男が顔を見せた。

グールはそちらへと振り向く。ということは。


「い、いや。だ、めだ。逃げ―――…」


「待ってろよ、いま人を呼ぶから。おーい、こっちに生きてる人がいるぞー!」


「グルルルル!ガァアアア!!」


男が外に集まっていた野次馬たちの方へ顔を向けた瞬間グールは標的を変えた。

フレーラから離れ、グールは首と胴の方向を合致させて駆け出す。


タックルで男が捕まるのは一瞬だった。


「そんな…」


抵抗する男とグールは絡み合いながら列車の外に転げて行ってしまった。


外を覗いてどうなっているかを確認する元気は司祭には残っていない。

怒声が聞こえる。何が起きているかは想像に難くなかった。


「大丈夫ですか!?」


別のドアから女性が乗り込んできていた。


「肩を貸しますので掴まってください」


フレーラは後にレダと名乗る女に列車カイソクから救出された。

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