【第14話】信じた未来は明るく


王国第一王子ハローィは【六角王の栄剣】という直属の騎士団をひとつ所有している。

聖地には騎士団メンバーから選出された精鋭十名が王子に付き従う形で訪れていた。


団長リバルと副長クガクは喫茶店の外テーブルでランチをとっている。


パラレア大教会からすぐ傍の観光客相手に商いしているオシャレなお店だ。

団長の大柄な男性リバルはがっつり焼かれた肉を、女性の副長クガクは海藻サラダを食べていた。


「とうとう私たちのアイドルが結婚しちゃうのね」


そう言ったのは団長リバルの方だ。彼は屈強な男だが中身は清い女性だった。

しかし恋愛対象は女という同性愛者でもあるので、王子に対しての感情はラブではなくライクだ。

ちょっぴり残念だが心の底では祝福している。


「次期王様が腹黒女と結婚でさぁ。私は憂慮してますけどね、クヒヒ」


「やめなさい、ラナちゃんを腹黒言うのは。あの子はいい子よ」


「そうところでさ。みぃんな騙されてる。あの女は悪女だよ」


「妬みよねぇ。自分にいい人がいないからって、やぁねぇ~」


「私には団長がいるから問題ないすよ」


クガクはサラダを口にかっ込んで店員に食後のデザートを注文した。

オレンジジュースを飲む。


「そ~ね~、平和になっちゃったし私たちも身を固めちゃいましょうか」


「ぶっふッ!」


男の予想外の言葉にクガクは吹き出してしまった。

二人は二回りほど年が離れている。最初の出会いは戦災孤児で宛てもなく泣いていた幼きクガクに手を差し伸べてくれた若き騎士がリバルだった。

あれから十数年。ずっと遠回しにアピールしてきた恋心に初めてリバルが答えてくれたのだ。


親子のように二人で暮らしているし、実質すでにもう家族のようなものだが。


「それってプロポーズですか…?」


「どうかしらね。うふふ」


リバルは今回の結婚式が成功したら騎士団を引退するつもりでいた。


モンスターが減り住みやすくなった郊外に大きな家を買って農家でも始めるのだ。

仕事の合間に近所の子供らに剣を教えてやる生活もいい。

庭先にいっぱい人を呼んで、畑で採れた野菜を焼いてみんなで食べたりなんてしたい。

きっと愉快で楽しいことのはず。


そこにはもちろんクガクもいて―――


「団長~」


「焦らないで待っててちょうだいよ、クガク」


そう言ってリバルは大きな肉を頬張って食べた。


【選ばれし者】らによって齎された平和な世。

こんな日常がこれから先はずっと続くものだとリバルは


   ◆


ゴホンゴホン!ゴホッ!ゴホ!


男性の続く咳にフレーラは気を病んだ。

フレーラは座っていて男性はその前に立っている。

もしもだが、男が嘔吐すれば吐瀉物をすべて頭の上から被ってしまうことになる立ち位置だ。

流石にそれは勘弁してもらいたいことだった。


(これもまた徳を積む行為でありますか)


仕方なくフレーラは立ち上がって席を譲ることにした。

いちいち声はかけないが席を空ければすぐ彼が座るだろう。


離れて行くと「オゲェー!!」との悲惨思わせる胃の内容物が盛大に吐瀉された音が聞こえた。

人混みで見えはしないがさっきの男だ。


運がよかった。やはり日頃の行いである。


キャー!!キャー!!向こうの方は阿鼻叫喚であった。


「何だこの野郎!!」


「イヤァー!!」


「やめろッー!!」


何だなんだ?凄く騒がしくなった。

嘔吐物が服や足に散った人が怒って責め立てているのだろうか。


「うおっ!」


フレーラの身体はめちゃくちゃ押された。

飛沫が頬に飛んできた。んん!汚い。これは唾か?


顔を拭う。手は赤く汚れていた。


喰人グールだ!グールがいるぞー!!!」


人だかりの向こうの方から誰かが叫んだ。


「グールだと…?バカな、そんな訳が」


ここは聖地である。モンスターなんているはずがない。

とくに悪霊系のモンスターが存在を許されるはずがないだろう。


だがが確かに向こうの方では暴れているようだ。


人が居すぎることで事を把握できないことが不安を募らせる。


車内に舞う飛沫は艶やかな紅色で―――

乗客たちが逃げ場のないこの空間で、一斉にパニックを起こそうとしたその瞬間。


ドゴンッ!!!


列車カイソクの側面に何かが衝突した。


強化ガラスの窓の前面に美しくヒビが入る。重い何かがぶつかってきたのだ。

それは抹茶色の、おそらく


―――馬だった。


ガコンとの金属同士が激突する音と摩擦音が車内に響いて車内が斜めに傾いた。


身体がグイン!としてグググ!となって抗えない圧倒的な物理エネルギーによってフレーラを含めた乗客全員の身体は吹き飛ばされてしまう。


全ては一瞬の事だった。

聖地フェザーを駆ける列車カイソクは脱線して横転してしまった。



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