【第8話シェイクとフェイク
エリーナの魔法障壁は母アリスアンダーより教えて貰ったものだった。
母は言った。あらゆる物に対応でき遮断できる盾こそ最高の武器だと。
この魔法は使い手の努力次第で無敵の盾になれるものだと。
厳しい物言いだったが、いつか手の届かない都市の外へ旅立つ娘への餞別のつもりだったのだろう。
そのとき幼かったエリーナは訊いた。
無敵の盾と聞いて当然のように頭に湧いた疑問を。
───もしそれを倒すとしたら、どうやって倒せばいいの?
◆
「あ…、ががが…」
凍った大地に叩きつけられてもエリーナの魔法障壁にはヒビ一つ入ってはいなかった。
母の教え通りに技を磨き続けた結果、至高の魔術師の障壁は無敵と化していた。
しかしそれは外観だけ。内側は凄惨を形容するが如く真っ赤に染まっていた。
内からビタン!と掌が貼り付けられた。ヌルリと赤が拭われる。
「ぎぎ…」
丸い盾は無敵でも、中身は保護液に浸かっていない黄身であった。
エリーナは堅い障壁の内側に何度も叩きつけられた。
抗うことのできない上下運動に振り回された。
ガンガンする頭痛の中、幼き頃の記憶がひとつ蘇る。
割れぬならシェイクしてしまえばいい。そんなことを母は言っていた───
あの怪物は母なのだろうか。禁忌を解いて自ら超生物に成った姿がアレなのだろうか。
分からない。
「ふぶぅ…」
喉に詰まった血を吐き出す。
星落としは予測できていた。
エリーナは衝突する直前とっさに体内の魔力を膨張させることで身を固めていた。
魔法ですらない荒業だったが、おかげで命からがら助かった。
激しい眩しさで一時的な失明を起こしている。
どこまで飛ばされたのか。上空から星に衝突され斜めに大地へ落ちた。
角度次第だが多分怪物からは遠ざかった位置だと思う。いや、そう思いたい…。
視認できないためゆっくり両腕に触れて傷具合を確認する。
至る箇所で骨折が起きていた。鋭い物が皮膚から飛び出ている感触もあった。
内臓だって無事ではない、さっきから吐血が酷い。
酷い頭痛。怖くてしょうがなくて触れて確認はしないが凹んでいるかもしれなかった。
「【
回復魔法で全体的に治療する。
「うっぐ…、ぐぐっぐ…」
回復魔法には痛みが伴う。
砕けた骨が断裂した肉を押しのけ元の位置に戻ろうとするので傷を改めて抉られる激痛だ。
外傷は自然治癒がいちばんだけれど今はそんなこと言っている場合ではない。
こうなるのならもっと回復系統の魔法を磨いておくべきだった。
無敵の魔法障壁があって、ラナがいたからエリーナは回復魔法の必要性を軽んじていた。
「うっ!あがッ!ががが!がッ!がッ、ぐ、あァーッ!!」
聖女ラナの回復魔法には痛みがなかった。むしろラナの治療には安らぎさえあった。
痛みに耐え呻きながら、ラナがいてくれたら。ここにいてくれたらと何度も思った。
けれども彼女を王都に置いてきたのはエリーナ自身だ。
「ふ、ぐぅ……」
回復加減は
最低限でいい。
意識があって魔術杖さえ振るえれば魔術師は戦える。
(目が…)
ようやく目も見えてきた。
赤く血でべったりだった障壁の内側もゆっくりとクリアになっていく。
エ、エ、リィナァ!!
怪物はすぐ近くにいた。
じっとこちらを見ていた。母親の子に向けるような眼差しで。
エリーナが動くのを待っていたのか。
【氷創】≪霜の巨人の国≫
【電撃】≪大雷の神剣≫
雨の中、氷でできた巨人の像が電気の大剣を振り上げエリーナの魔法障壁の四方に立っていた。
さきほどまで万雷降り注いだ地、静電気が激しく発生し電気の大剣は強化される。
エ、エ、エ、リリリリリィナァ!!!!
「【防御・身体能力強化】」
同時に四方向から神と鳴る剣が振り落とされる。
だが下手に受けに回ったらさっきの二の舞だ。
闘いは詰将棋へと様相を変えている。
詠唱破棄、座標指定、供物簡略、あらゆる手順を省略して最短で発動されるエリーナの次の一手は、洗練されているからこそ正確に予測されていた。
余裕があればズラすことはできただろうがエリーナの今いる場所は窮地だ。
怪物は見通している。アアアアアア!!!
エリーナが【瞬間移動魔法】で避けることも、その先の座標も、精密に。
四つの電撃の大剣が大地を破砕する。と同時にエリーナの魔法障壁が空に瞬間移動して出現した。矢先に、星が、きれいに落ちてきて衝突した───
弾き合って魔法障壁は再度大地に叩きつけられる。
中身はもう耐えることはできないだろう。
シェイクだ。
いや、
エリーナは人肉ミンチにはなっていない。
あの弾かれ吹っ飛んでいった魔法障壁の中には誰もいなかった。
魔法障壁だけ魔法で上に跳ばしていたのだ。
彼女はずっと下にいた。
(グググ……)
その結果、エリーナはシェイクを回避できたが代わりに障壁なしの状態で巨人たちからの攻撃を受けることになった。
彼女はいま大ダメージを受けて土砂の陰に半分埋もれて転がっている。
死んでいてもおかしくなかったが耐えた。
危険は冒したが怪物の目を欺けられたのは大きい。
怪物は魔法障壁にエリーナが入っているものだと思って歩を進め始める。
ようやく怪物の猛攻のターンは終わった。
エ、エ、エ、リリリリィイイイナアアアア!!!
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