【第31話】大教会地下実験施設


ドゴン!爆発音がして巨人マヤテラ大司祭の上半身は吹き飛んで消えてしまった。


「マヤテラ大司祭よ───…、フェザール───…」


翼生えるパラレア大教会の露わとなった上層階フロアに座す教皇ラスは両手を広げて勝利を確信する。

さすがにここまで削ると活動を停止させるようだ。

なかなかに叩きがいのあるサンドバックであったと満足感があった。


しかしだ。なにか異変を感じて周囲を見渡した。


「ほう───…」


火の海となった八方の街から八人の巨大なマヤテラ大司祭が歩いてきていた。

ドスンドスンドスンドスン───


彼らの顔にも生気はない。死んだ状態で歩いているようだ。


そして背中に巨大な昆虫の翅が生えて、マヤテラ大司祭たちは飛翔した。


   ◆


その頃ラナとハローィは大教会の地下に入っていた。


パラレア大教会地下部の広さは大きく複雑だった。

様々な施設があって、正しい道順を知らねば決して禁断の最奥地「魔王研究所フロア」に辿り着けない造りとなっているためだ。

仰々しく豪壮な装飾のなされた地上部とは違い、地下の通路は味わいない簡素なものが続いた。


二人は駆け早に目的地へ向かっている。  

 

グールが襲ってこないと判明した時点で聖地を脱出するという選択肢も生まれたが、彼らは立ち向かうことを選んだ。


ハローィは王子として続々と現れた脅威たちに対抗できる力の入手は必須だと考えていた。


(聖地の次は王都だ。次期王としてやるべきことをやらなければ…!)


窓のない長大な通路を進んで行くとだだっ広い空間に出た。

鉄網の橋をカンカン渡っていく。


橋の下には淡く緑色に発光する液体に満たされたタンクがズラッと並んでいた。


一目で法を守って行われているものではないと分かるようなとんでもない光景だったが、状況が状況だったためハローィは言及しなかった。

それは魔王の残滓を扱った許されざる兵器開発についてもだった。


魔王の研究はこの王国において最も罪深いことである。

そのためラナとしてもこの場に第一王子ハローィを連れて来たくはなかった。


しかしこれも状況が状況だ。


本人から説明されたことだがラナの実父、教皇ラスは全人類を自分に取り込んで一個の個体となり人類史を完結させようとしていた。


ここで聖地から逃げ出しても地球の裏まで父の言う救済の手は伸びてくるだろう。

逃げても逃げ場はないということだ。


最悪最強の魔王の力を持つあの超兵器を使って戦い、この地で決着をつけるしかないのである。


そして補助系魔法使いのラナが戦うにはハローィの力はなくてはならないものだった。


それがこの国最悪の罪を彼にバラすことになるとしても───


「ラナ」


橋を渡りながら無言を貫いていたハローィが突然話しかけてきた。


「ハローィ…」


「フェスタリア教…、いや聖地フェザーはとんでもない犯罪に手を染めていたんだね」


「うっ…」


めちゃくちゃ言葉に詰まった。

先を行くハローィの表情を伺うこともできない。


目的地の兵器のありかはこの橋を渡った先の通路の最奥だ。


ここまで来たらもうラナの道案内は不要である、ここで斬られてもおかしくなかった。


往々にして魔王研究に手を染めた者への言い渡しは死刑である。


「フェザーの生き残りは君だけだ。君が全ての責任を取らなければならない」


ラナの頬に汗が伝る。ゴクリ。


被告人、聖女ラナ───


「君のような危険人物は監視のためお婆さんになるまで私の隣りにいてもらおう」


「えっ…」


「上告も反論も許さない。これは誰にも覆せない判決結果だ」


「ハローィ…、あなたって人は…」


ふふ、ハローィはフェザーの大罪をラナ一人の責任にする気はなかった。


聖地フェザーは十分に罰を受けた。

壊滅して民はグールと化し尊厳を踏み躙られた。


みんな苦しんだ。死んだ。十分だ。


これが少しの間熟考した第一王子の見解だった。


「君は生きて罰を受けなきゃいけない。だから必ず死ぬんではならないよ」


君は生きろ。

ただ単にそれが言いたかっただけである。


まったくキザな男だ。


「はい…!一生お側に。ですから共に生き抜きましょう、ハローィ」


「ああ…!約束だ!二人でこの国の未来を守ろう!」


   ◆


魔王の兵器の保管された最奥の部屋の扉を開けた。


そこには緑色に淡く発光する液体のプールがあり、兵器はその中に沈められ保養されているはずだった。


「貴様は何者だ…」


そう言ったのはハローィだった。

ラナはその後ろに隠れる。


部屋には先客がいた。


つるつるの頭に細長い帽子を被ったヒゲの男だった。


「むふ〜…」


二人の入室に気付くと男は息を吐いた。

まるで温泉に浸かるおじさんだ。


男は淵に肘をかけ、危険な化学薬品に満たされたプールに入浴していた。


ゆっくりと間を開けて男はハローィの問いに答えた。


「ワシか…?ワシはの、赤いゴブリンじゃ」


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