【第4話】それぞれの道
魔王を打倒してから早一か月。
救世の英雄として王都に凱旋した俺様たち【黄金の希望】は歓迎され贅沢な日々を送っていた。
「最ッ高だな」
「ですわね、うふふ」
一泊数十万もする高級旅館の窓から王都を一望できる部屋。
ふっかふかなベッドの上で俺様とラナは隣り合って優雅に過ごしている。
「ゴブル利権も順調、こうやって寝ているだけで金が入ってくるしな」
唯一犠牲になった【選ばれし者】の一人ハイゴブリンのゴブル、あいつは英雄になった。
~ゴブル、ゴブルぅ、小さき勇者はぁ、仲間をぉ愛しぃ導いたぁ~
亜人を嫌い差別する者たちも詩人の奏でるゴブルの英雄譚には涙する。
王都のどこもかしこもゴブルのイラストの入った旗がなびいている。
実際にはな~んの役にも立たなかった奴だが、話に尾びれが付いて気づけばあいつが主人公みたいな立ち位置になっていた。むかつく話だ。
だがまあ英雄は死んでいた方が盛れるし熱く語れるのも理解できるっちゃできる。
愚衆にとっては死んだ英雄の方が尊いのだ。
だから代わりと言っちゃなんだが、ゴブルを使って商売する場合、俺様たちにも金が入るようにしてやった。ゴブル関連の商売で発生した利益の二パーセントが俺様たちの懐に入るというようにだ。
ちょうどよくゴブルの親族は集落ごと滅んでいたのでスムーズにそれができた。
思惑通りゴブル利権は直撃大ヒット。
楽に簡単に一財産築けてしまった。
明日には王からの爵位授与式もある。
とうとう俺も伯爵だ。貴族の仲間入りだ。社会的地位を得る日が来るのだ。
「クロッサ伯爵…、良い響きだぜ」
「爵位なんていらないのにね。何が嬉しいんだか」
「うん…、肩書より禁書読解の許しの方が欲しい…」
布団にはもぞもぞ動く二つの小山がある。
「うるさいぞ。ナックル、エリーナ」
潜りこんでいる子娘どもを足を使って黙らせてやった。
こいつら三人は全員いいとこのお嬢様だ。
ナックルは竜撃拳法総本山ローコ流当主の愛娘であり次期当主本命候補。
エレーナは魔術学園都市女王【星落とし】アリスアンダーの一人娘。
ラナに至っては国教フェスタリア教皇の娘で、先日第一王子との婚約が決まった。
命懸けで凶悪モンスターと戦っていた冒険者の俺や傭兵業で生計を立てていたゴッズとは正反対の生まれで、【選ばれし者】に選ばれなくとも成功を約束された人生を歩んでいた奴らである。
俺様が心待ちにしている爵位になんて興味もなさそうだ。
「ううう、悲しいですわ。ハローィ王子はイケメンで優しく清純な方ですが、わたしは心の底からイーサン様をお慕いしてますのに…」
「断ればいいじゃん。僕はイーサンのためにお見合い話全部断ってるよ」
「もちろんそうしたいですわ!でもイーサン様が…」
「当たり前だ。悩む必要なんてないだろ」
足でナックルを黙らせる。マセガキは黙ってろ。
魔王を倒したラナは今度は国王の子を生んで正真正銘の国母となる。
そんないい話を棄てるだなんてもったいない。
「俺様の子を孕んで嫁いでくれよ。俺の血筋を国王にしてくれ」
「うふふ、いいですわよ、イーサン様が望まれるのなら」
冗談だよ。そんなことすぐバレる。
ようやくここまで来たんだ。大事な物も故郷も捨てて。
おちゃめなイタズラで身を滅ぼしたくはない。
得た物より捨ててきた物の方が多かった気がするが、それはきっと気のせいだろう。
◆
「よおゴッズ」
「終わったか」
事を済ませた後は部屋のベランダに出る。そこには決まってゴッズがいる。
俺様たちのプレイにゴッズは混ざらない。
やるよりこうやって二人きりでタバコを吸う方が好きらしい。この時間が好きだそうだ。
ゴッズの隣に立ってタバコを一本頂戴する。
「とんでもないよな、明日には俺様たちも爵位持ちになってるなんてよ」
「一介の冒険者と傭兵がな…。田舎のご両親は喜んでくれただろ」
「冗談言うな、縁は切ってんだ知らねぇよ」
「これを機に親と復縁したらどうだ。すぅ、ふぅ~…」
ゴッズはゆっくり深くタバコをふかした。
俺様には分かる。お前いま元気がないな。悩み事か?
「どうした」
一見普段通りの様子だが表情と目で分かるぞ。
「言えよ。俺様とお前の仲だろ。明日は大事なのに気になって寝れなったらどうしてくれるんだ」
「フっ…。もしもだがゴブルが生きて帰れていたら、あいつは爵位を貰えていたと思うか?」
ゴブルか。おいおい勘弁してくれよ。もうきれいに忘れてしまおうぜ。
「気にしているのか?」
「いいや。ただの好奇心で訊いているだけだ。答えたくないなら気にしなくていい」
元傭兵のくせに優しすぎる。ゴブリンのゴブルなんかに罪悪感なんて感じるなよ。
ゴブリンなんて掃いて捨てるほど斬ってきただろ。ゴブリンもハイゴブリンも一緒なんだ。
ちょっと賢いだけで人間様と対等になれたと勘違いしやがった短命種だぜ。
「あいつを犠牲にすることは最初から決まっていたことだ。それが前提にあったから王は爵位の話を約束してくれた。答えてやるよ、ゴブルがいたら爵位なんて貰えなかった。この国は人間のもんだ。亜人が貴族なんてありえねぇ。ていうか俺様が許さねぇ、そんな思いあがった亜人がいれば俺様の聖剣ぶっ刺して、ぶっ殺してやる」
だからゴブルだって死んだんだ。───殺したんだ。
「そうか…」
「さんざん戦争で人を殺してきた傭兵様がなに感傷的になってるんだよ」
「イーサン、───くれよ」
「…は?」
肝心なところが聞き取れなかった。
何を欲しいって?あいにくだが今日はもう起たないぞ(下ネタ)。
「悪い。明日の爵位授与の話、断らせてもらう」
「おいおい何言ってんだ」
断る?爵位の意味わかっているのか?
庶民未満生まれの俺たちじゃ本来逆立ちしたって手に入らなかったはずのものだぜ?
言葉通り世界の変わる肩書。
それを王がくれるというのに、その直前で断るだと…?
「冗談言っているのか?待て待て待て…!ゴッズ待て、落ち着け(俺の方が落ち着け)」
「授与式じゃトレードマークのベレー帽も脱がなきゃいけないだろ?」
「当たり前だ」
「堅苦しいの嫌いなんだよ」
「…とりあえず中に入って話し合おうぜ」
めんどくさいことになった。こんな我がまま言う奴じゃないはずなんだが。
「ゴッズ、俺様は【黄金の希望】皆揃って式に出たいんだ」
「もう一人減ってるだろ。揃うことはない」
───じゃあな。
そう言ってゴッズは背中からベランダの柵を乗り越え落ちて行った。
投身自殺ではない。俺よりもマッスルでありながらゴッズは身軽だ。このくらいの高さ、階下のベランダの柵に掴む余地のある落下なら器用に着地できる。
手は伸ばしたが届かなかった。
「バカ野郎が…」
授与式前日の失踪、王の面子を潰すことになる。
明日の朝までに気が変わって戻ってきてくれればいいが。きっとあいつは二度と俺様の前に姿を現さないだろう。俺様には分かる。
せっかく手に入れた幸せを捨てやがって。
どうしてだよ。
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