【第5話】ラシャルモニア壊滅


魔術学園都市ラシャルモニアが壊滅したとの一報が王都に届いたのは、俺様がスーツに手をかけようとしたその時であった。


   ◆


最悪である。言葉には出さないが俺様はそう思った。


「【黄金の希望】の皆様方申し訳ございません。緊急事態ですので爵位授与式は延期となりました…。改めての日程などはまた後ほどお知らせさせてもらいます」


伝言を持った来たメイドは何度も頭を下げて謝罪した。


朝一から待機を命じられ、既に昼過ぎ、今日行われるはずだった爵位授与式も絶望的だと頭では諦めていたが実際口に出されて言われると徒労感がある。


「王がを明言にしたんだな…?」


「そ、それはちょっと…、分かりません。私は上の者に言われ任されただけなので…」


見るからに下っ端メイド、知るわけないか。


「そこ気になるところ?延期は延期じゃん」


「延期された結果うやむやにされたら困るだろうが……、言質は大事なんだよ…」


「ふ~ん」


爵位なんてどうでもよさそうなナックルは気軽そうだ。むしろ堅苦しい式に参加しなくて済むと嬉しそうである。


「延期した先の日程が決まったらすぐ教えに来てくれ」


「わ、分かりました…!」


そそくさとメイドは出ていく。

焦りでイライラしているのを隠し切れずビビらせてしまったようだ。

いや、この部屋には俺様以上にイライラしてヤバい雰囲気を醸し出している奴がいる。エリーナだ。


魔術学園都市ラシャルモニアは彼女の故郷。

気が気でないのだろう。強気な奴だが中身はママっ子だ。


『見てください!この大雨!異常な降り方です!!』


部屋に設置された大型高級魔導テレビ。ハイビジョンには片手で合羽を頭の上で押さえながらマイク片手に喋る女の姿が映っていた。


『私は今ラシャルモニア西方に来ています!!見てください!遠方からで雨のせいでよくは見えませんが陰が見えます!!壮大だったラシャルモニアの建築物は見えません!絶大の美しさを誇っていたラピ二の塔もです!そうです!!ラシャルモニアが破壊!壊滅したそうです!!』


王都でも雨が降っているが、向こうの方の雨の降り方は凄かった。


『ラシャルモニアの特徴といえば都市を覆う大結界!こうやって大雨が降れば普段透明なバリアが可視化されるはずなのですが、それも確認できません!!結界がないということは結界を損失するような現象が起きた証拠です!!結界では防げない何かがあったということではないでしょうか!!ん?何ですか?え?はい!分かりました!テレビをご覧になっている皆様方見てください!極秘ルートでゲットできました写真が何枚か今あるようです!これが今現在のラシャルモニア内部の写真です!!』


アナウンサーは仲間から受け取った写真を魔導カメラのレンズに近づけた。

三枚が順次に映しだされる。それのどれもが崩壊した町の様子があった。


俺様もラシャルモニアには魔王城への旅路の途中立ち寄ったことがある。

魔術学園というだけあって世界中の叡智が集い栄えていた幻想的な都市であった。

写真の中の光景に、あの日見た光景の面影はない。


『あっ!あそこを見てください!調査隊の早馬です!!』


三人の騎士が馬に乗って移動しているのが映された。

アナウンサーたちは馬車でそちらに駆け寄りインタビューを試みようとする。

多分ここを彼らが通る情報を事前に掴んで張っていたのだろう。


『すみませ~ん!!ちょっといいですか~!』


大声を上げ手を振って遠くの彼らに気づいてもらおうとする。

ドゴン!!音とともに前触れもなく騎士三人と早馬三体がいなくなった。


大地そのものが均一に丸状に陥没していた。


『えっ!?は?』


カメラが調査隊のいた場所を拡大して確認する。赤いそれらがズームされる。


人にはたかれた後の蚊のような光景がそこにはあった。


『いや!いやっ!いやぁあああああ!!』


『おい!嘘だろ!なんだあれ!転回しろ!回れ回れッ!!』


危険を察知した魔導テレビマン一同は馬車を引き帰らせようとする。


急すぎる旋回に馬車の荷台からパニックを起こしたアナウンサーの女が振り落とされた。


「ウソ!ナカチャン落ちたよ」ナックルは見入っている。


ナカチャンはアナウンサー女の名前だ。


女を見捨て馬車は構わずその場から逃げる。放り投げられたカメラの画角には手を伸ばすナカチャンの姿が映っていた。


『何だあれ!顔!?顔!?顔!?顔───』


『もっと疾く走らせ───』


次の瞬間、先ほどと同じドゴン!という爆音と共に画面は暗転した。


「放送事故だな」


「まったく…、不用意に素人の方々が迫るからですわ…」


同感だ。だがまあ彼らは役に立ってくれた。

少なくとも現地がどうなっているのか大体分かった。


ラシャルモニア壊滅の一報があってもどうにも信用できていなかった。

魔術の髄が先から先まで詰め込まれた都市なのだ、壊滅した?そんな訳ないだろうと。


「エリーナさん…」


エリーナは黙り込んでいる。


「動くなよエリーナ。上からの指示を待て。おそらく俺様たちの出番になる」


動くならここにいる【黄金の希望】全員一緒にだ。

ラシャルモニアを一夜の内に滅ぼせる存在など規格外すぎる。

魔王にだってできることではない。俺様にもあの大結界を打ち砕くのは不可能だ。


「黙っていたことだけど…、ラシャルモニアの地下では…、禁忌指定されている古代魔法の研究が行われていた…」


ブッ!!!マジかよ。おもわず茶を吹いてしまった。


「こ、古代魔法をですか…?」


「噂で僕も聞いたことあるよ。都市伝説じゃなかったんだね」


「うん…、たぶんその実験が暴発したんだと思う…」


薄々やってるんだろうなぁと思っていたがマジで手を出していたか。

十中八九女王アリスアンダー主体の事だろうがとんでもないおばさんだ。


古代魔法はヤバすぎる。それを解明しようと研究するのもヤバすぎる行為だ。


「朝からすぐ飛んでいたらもう着いてたのに…、愚鈍すぎる…」


「それは上の奴らも情報の真否を確認しているからだ。気持ちはわかるが落ち着け…」


「イーサン…、私なら大丈夫。古代魔法の暴走なら私にしか対応できない…」


「ダメだ。見ただろ映像。全員で向かう」


「そうですわよエリーナさん。危険です」


「分かった…、イーサンの言うことだけは絶対だから…、従う」


俺様はナックルと目で合図し合った。

口ではこう言っているがこれは行くやつだ。エリーナは一人で行く。ナックルは目で応えた。


魔法を使って向かってしまわれる前に無理やり体術で気絶させよう。

ラナがいるから多少手荒でも問題はない。


「タンマ…、トイレしたい…」


トイレか。トイレならしょうがないな。

あっ、待て、やっぱりダメだ。

エリーナの入っていったドア手前のトイレのノブをがちゃがちゃする。開かない!!


「あ、開けようとしないで…」


「おい!トイレのカギに封緘魔法使うのはおかしいだろ!ナックル開けろ!」


「わかった!!」


ナックルの拳と蹴りは魔法を物理的にぶっ壊す。

トイレのドアがかけられた魔法ごと吹っ飛ぶ。


「クソ!逃げられた!!!」


トイレの中にエリーナはいない。魔法で抜け出しやがった!油断した!


「イーサン追う!?」


無理だ。短距離なら俺様とナックルなら簡単に捕獲できるが、スピードに乗ってしまったエリーナを捕まえることは誰にも不可能。もう王都の端まで移動していやがるはずだ。


「イーサン様…、どうしますか?」


「仕方ねぇ、今からすぐ俺様たちがラシャルモニアまで行けるよう王に掛け合ってくる」


今から追いかけても遅いだろう。


王都からラシャルモニアまでは列車で三日。

単独で全力で跳ぶエリーナは六時間程度で辿り着ける。


俺様たちが向こうに着いた時には良くも悪くも決着はついている頃だ。


それでも追うしか選択肢はない。


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