黒の王


魔王鎮魂祠に無理やり詰め込まれたゴブルはあの時死んだ。


パチリと小さな眼を開いてハイゴブリンは自分に自我が残っていることを自覚する。

死んだ後もこうやって物事を考えれるんだなぁなんてことを思いながら、ゆっくりと自分の視界に手を映した。

そこには身体が残っていた。


死んだら魂だけの存在になると聞かされていたがどうやら違うようだ。


ゆっくりと立ち上がる。周囲を見渡す。


白と黒のモノクロな世界が広がっていた。

地面もない。空中に浮かんでいるような感覚で、ここが現実世界ではないことを彼はすぐ理解できた。


誰もいないだだっ広い場所。天国や地獄ではなさそうだ。


魔王鎮魂祠の生贄になった。ここはその祠の中の世界なのだろうか。


地平の先まで何もないが、幾数も上から下に巨大な鎖が伸びている。


「貴様が今回の生贄であるか…」


ゾッと寒気がしてゴブルは後ろを振り向く。


「う、わ…ッ」


巨人が三体いた。どれもが破滅的プレッシャーを放つ怪物であった。

ゴブルの矮小な心臓が止まりかけて、恐怖で顔はしわくちゃになってしまう。


魔王だ。目の前に現れたのは三体の魔王であった。


その内一体は先ほど【黄金の希望】で討伐した【術式の魔王】だ。間違いない。


「わわわ…」


ペタリとゴブルはへたり込んでしまった。

【選ばれし者】だがゴブルには何もできない。有用なスキルは何一つ持ち合わせていない。


「我、火器暴虐の魔王レーセン」ドーンッと何かが魔王の背後で超新星爆発した。


「私はサーカスの魔王アリリス」視界が歪んで不可思議なサーカス模様が見えた。


レーセンとアリリスという名前をゴブルは知っている。

二百年前に討伐された魔王と三百年前に討伐された魔王の名だ。

この世で最も忌避されている名前。特に二百年前のレーセンは王国を半壊させた歴代最悪の魔王として名を歴史に刻んでいる。


まさかそんな討伐された魔王らと同じ空間に封印されてしまうだなんて。

【選ばれし者】を恨んでいるに決まっている。


仲間には裏切られ、これから魔王になぶられるのか。


「怖れないでください、我らが王よ」


50メートルはあった魔王らは4メートル大に縮んだ。

小柄なゴブルからすればそれでも大きく見えて驚異的なのだが、さらに彼らはそこから跪く。


ゴブルには事態を飲み込めない。なぜこうなる。

なんで魔王三体がハイゴブリンなんかに平伏してしまうのか。


「貴方様は我らの最後の希望なのであります」


それはゴブルも討伐に手を貸した【術式の魔王】。

最期はイーサンの剣に裂かれ死んだ魔王だ。

ごつい暗黒の鎧に身を包んだ魔王だが、その鎧が風化するように剝がれていった。

中からは美しい女性が現れる。人間の女だ。


「我々も元は【選ばれし者】。ゴブル様のように魔王を討った直後、祠への生贄とされ次世の破壊者として魔王と化した存在でございます」


「え、それは…」


「百数年かけてゴブル様は魔王化し、祠を出て次の【選ばれし者】によって討ち取られるのでございます。それがこの世界のシステムなのです」


賢いゴブルは理解した。

自分らが倒した魔王は百年前の【選ばれし者】の一人だったことを。

次の魔王が自分であるということを。


魔王の話を鵜吞みにするのもはどうかとは思うが、頼れるのは彼女らしかいない。


「そんな…、そんな話は一回も聞いたこともないよ」


「私もでした。ここにいる者すべてがそんな事実を知らず、役回りを押し付けられたのでございます。世界を上手く循環させるために必要なプロセスなのでしょう」


さすがにゴブルの脳も停止しそうだ。

受け入れがたい事実が次々と襲い来る。

ただでさえ仲間に嫌われていたことを知ってショックを受けていたのに。


「そしてここは永遠です。魔王として倒された後は永久に我らはこの空間に囚われたままとなります。この何もない世界に、終焉が訪れるその日まで。それを破綻させることができるのが貴方様なのであります」


「僕が…?」


「はい。人の中から選ばれる魔王を倒す者【選ばれし者】。おかしいと思いませんか?人ではないハイゴブリンである貴方様がそれに選ばれた理由が」


「確かに前代未聞なことだったらしいけど」


「綻びですよ。どうやら現在の人々はハイゴブリンをも亜人と認めたようですが、そのせいで【選ばれし者】の紋章が貴方様に出現したのだと私は考えております」


術式の魔王、美しい女はメリッサと名乗った。

魔王としてゴブルには殺された身ではあるが、すべては仕組まれたこと恨んではない。

我々はゴブル様の手伝いがしたいのだと言った。


「復讐したいとは思いませんか?」


問いにゴブルの頬に一つの汗が垂れた。

寒くも熱くもないが背筋は凍り、ふつふつとしたものが胸の中に湧き上がる。


一方的に生贄に選んできたイーサン、故郷を焼いたエリーナ、他の裏切ったみんな。

憎くないかと問われれば、憎いと答えなければ嘘となる。


「とりあえず何を成すにもひとまずはここから出ることにしましょう。ゴブル様も永遠ここに閉じ込められていたくはないでしょう?」


気付けば火器暴虐の魔王レーセンがゴブルの横に立っていた。

その手には刃のある禍々しい黒の杖がある。

差し出してきた。


「この何もない空間では魔王となり膨大な力を得た者らであっても、いつかは諦観し自我を亡失していきます。残されるのは膨大な力のみ。その杖にはこれまでここにいた魔王全員の力を封じ込めております」


多くの魔王は永遠の時という流れに削られ消えていってしまった。

残った魔王は比較的近年に討ち取られた者たちだけである。


ゴブルは怪しんだが、黒い杖に目を奪われてしまう。それほどその杖は美しかった。

禍々しいが魅かれてしまう、杖のようで槍や矛のような使い方もできそうな武器。


ゴブルはついレーセンから黒い杖を受け取ってしまった。


これまで1200GPの安っぽい武器しか持たせてもらえなかった反動である。

彼にも強くてかっこいい武器を扱ってみたいという憧れがあった。

こういう単純で短絡的な行動はゴブリンのそれである。


「長くて重厚なのに、僕でも持てる…。いやぴったりの重さだ、片手でも振れるような」


「ゴブル様と相性抜群なのでしょう」


艶やかさに見とれてしまっていると数本の黒い棘がゴブルの手を突き刺し破った。

ゴブルが悲鳴を上げる前に濃厚な魔素が穴という穴に侵入し始める。


「ウォオオオオオオオ!!!?」


百を超える魔王となった者らの恨み辛みと力が彼の中に流れ込んでいった。


【選ばれし者】とは魔王を倒す者であると同時に魔王と者の証でもあると術式の魔王は考えている。

倒す者としてのスキルも力もない分、彼にあったものとは、もしかすると――――


決壊したダムの如く流れ込んでいく魔王パワーはハイゴブリンの肉体に適合していった。

水を吸うスポンジのように相反せず反発せず最初からそうであったかのように一つとなっていく。


何度も許容量を超えたゴブルの肉体が弾け飛んで飛散するが死のないこの空間ではすぐに元に戻る。

壊れる度にハイゴブリンは進化していく。

芋虫から蛹に、蛹から蝶に、まさに魔王への変態だ。


その光景にメリッサは惚れ惚れした。


「純然たる魔の者でなくてはならないのです」


三体の魔王が気圧されるほどのパワーがゴブルを中心に渦巻いた。

世界を叫喚させた絶大なる力を有す彼らでも身震いするほどの魔力量だ。

確信する。この力なら祠の封印を内からでも破壊できると。


「人が基となる魔王では存在は不完全なのです」


この邂逅は何千万何億万分の一の確率だっただろうか。

選ばれるはずのない魔の者が選ばれ、仲間から贄に選ばれる可能性はゼロに近しかったに違いない。


涙して忠誠を誓い感謝する。


「ゴブル様、王と成ってくださいませ。我々の王、マオウの王に」


彼らにとっての奇跡が、彼ら以外にとっての悪夢が、この何もない永遠の場から。


芽吹いて外に出た。


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