【第10話】極大紅蓮爆発
下から見た怪物の腹部は地獄模様だった。
「アアア…、アー…」
「イヤダァ―…」
「タスケテェー…、オカアサァン…」
「イタイヨォー…、イタイヨォー…」
「コロシテェ…」
「アリスアンダーサマァ…」
「ア、ア、ア、アァアアー…」
真っ赤な皮膚のない人たちの上半身が垂れ下がっていた。
叫んでいる。亡者だ。地獄の光景だ。
数十万、数百万…、数千万───
見えない後方の方まで垂れ下がっているようだ。
(もしかして…、ラシャルモニアの住民全員が…)
涙が出た。なんで罪のない彼らがこんな目に合わなきゃならない。
これはあまりにも残酷すぎる。これが禁忌を犯そうとした代償か。
多くの者は闇に関わらず普通に平凡にただ日々を暮らしていただけだ。
家族を愛し、友人と笑い、明日に希望を抱いて生きていただけのはずだ。
彼らには幸せに生きる権利があった。なのに。
こんな慈悲もなくおぞましいこともないだろう。
「エリィナサマー…」
「タスケテェー…、タスケテェー…」
「エリィナァサマァー…」
「コロシテェー…、イタイヨォー…」
亡者たちは下方のエリーナに向けて手を伸ばす。
その様は救いを求めるようであり、呪いをかけてきているかのようにも見えた。
「ごめんね…、ごめんね……、ごめんなさい…」
【溶岩】≪
怪物の魔法によって足元が溶岩地帯に変換された。
左右から二本の巨大な手が溶岩の中から現れてエリーナを捕えようとする。
「【
エリーナは氷の剣を現出させて振るう。溶岩ですら瞬時に凍った。
「【
氷の剣をその場に突き立てる。
凍る大地が隆起して先の尖った氷山が怪物の腹を貫く。アアアアアア!!
亡者の行進ごとだ。数万数十万の亡者が氷山に圧し潰されて消えた。
エリーナは覚悟を決めた。
こうなってしまえばもうどうすることもできない。
彼らを元に戻すことは研究次第でできることかもしれないが、こんな怪物どうすればいいという。
こんな化物殺すしかないだろう。生かしたまま捕えるなんて不可能だ。
だから殺す。エリーナが倒す。
その責任が少女にはある。
力強く少女は魔術杖を握りしめた。熱波が弾ける。
深紅の重なった巨大魔法陣が発生した。
「【
ドゴーン!!!大きな火炎を伴った大爆発が起きた。
怪物の巨体を炎が包んだ。
アアアアアアアアアア!!!怪物の身体は炎上する。
怪物の魔法障壁は内側からの大爆発にも耐えたが、それ故に囲まれ逃げ場のなくなった爆炎と爆風と熱波が途方もなく遠い位置にある尻尾(?)の先の方まで押されて届いていった。
余すところなく熱され燃やされる。
腹を貫いていた氷山は溶かされ、内臓がこぼれ落ちては焼かれる。
地獄のような光景の中でエリーナだけが自前の魔法障壁で守られている。
アアアアアアア!!!亡者も顔も叫んだ。アアア、アア、ア…!
しかし亡者らの声はすぐに絶えていった。
魔法障壁内の限られた酸素が爆発の燃焼で一気に消費されたせいだ。
無酸素状態での呼吸が脳機能を素早く殺していった。
怪物は堪らず魔法障壁を解いてしまった。巨体が大雨に曝される。
それは冷静な
雲を突き抜け、怪物の身体をも貫いてエリーナを狙った一撃が落ちる。
しかしエリーナから遠く離れた落下地点を星は穿つ。
それは怪物の最期の苦し紛れになる攻撃だった。
星落としには落下角度などの精密な演算能力が必要になる。
一度に約三千三百八十七万人分の頭で皮膚を焼かれ、身体を抉れ、大量の煙を吸い、窒息を味わった怪物に最早まともな計算行為は不可能だった。
最期の星落としは無駄撃ちに終わった。
当たっていれば状況は変わっていたかもしれないが、それはもう
ア、ア、アアアアアアアアアアア!!!
怪物は死ぬ。
「【
エリーナが怪物の前方の空に跳んだ。
女王アリスアンダーの顔をした怪物は直に死ぬ。少女が何もしなくとも息絶える。
だがエリーナの方にも限界は来ている。
緊張の糸が切れれば彼女の方も意識を失ってしまう。
万が一を考えて確実にここで殺し切る判断をする。
さっき落ちてきたので盗っておいた
射出機構が空気を固定して用意され、帯電していた大地と空から雷がアギトのように星へと落ちる。
「【
物体を電磁気力の加速で撃ちだす砲台が星を音速の七倍となる超速度で射出した。
焼け爛れたアリスアンダーの鼻先からぶっ刺さる。
それだけで女王の顔は潰れる。
魔法の物体への影響は基本不可逆だ。
火炎魔法で燃やされた炭は火を消しても木片に戻ることはないし、落ちた雷はそのあと空には帰らない。
小さく圧縮された物体だって本来は圧縮されたままで残る。
だがこの
圧縮して終わりという過程を経てはいなかった。
巨大な氷山を圧縮して二メートルの弾としたアリスアンダーの透明感のある星。
現実的に氷は圧縮されると水になる。
分子構造が圧縮されるパワーに耐えれず崩れて固体状態を保てなくなるからだ。
そのためアリスアンダーは星の元になった氷山に分子構造を氷のまま維持できる様にするための魔法が永続的にかけていた。そして立体的な分子構造を維持したまま元に戻ろうとする力を抑える魔法も。
その魔法の片方をエリーナは解く。
簡単な魔法だ。幼い頃から少女は知って理解していた。
母の得意魔法の一つだったから。
エ、エ、エ、リリリリナァアアア!!!!
「お母さん、ごめんね」
怪物の頭部は内に巨大な氷山が出現したことで、破裂し爆散した。
◆
ザァ───!!ザァ――――!!
怪物は大地に倒れた。ピクリとも動かない。
体内構造がどのようになっているかは不明だが、全体的にこんがり焼いて、内臓を飛び出させ、司令塔であろう最前列の頭部を原型残さず破壊したのだ。完全に死んでいるはずだ。
一応様子は見ているが治癒している様子もない。
「うッ…、うう…、うう…、あああああああ!!」
頭痛が限界だったエリーナは魔法障壁すら解いた状態で泣いた。
魔術学園都市ラシャルモニアを壊滅させた怪物を少女は殺した。
アレは魔術学園都市ラシャルモニアそのものだった。
ラシャルモニアを殺したのは少女だ。
「あ、あ、ああああ…!!!」
他に道はあったかもしれない。みんなが助かる道は。
でも、でも、あんな機会は二度はなかったかもしれない。
今でもエリーナはあの怪物は自分以外じゃ倒せないと思っている。
それでいてエリーナが怪物を倒せたのは運がよかったからだ。
オーバーキル気味にトドメを刺したのは正しかったはずだ。
一生、こんな自問自答を続けることになるだろう。
彼女は逃げることのできない咎を負った。
そんな少女に歩いて近づく影があった。
「まさか単独でアンダーを倒してしまうとは。想定以上ですね、選ばれし者」
「恩恵のおかげだろ。こいつらは魔王に対してはステータスが上がるし運が味方する」
「それがなかったら最初の
「カラ、カラ、カララ」
「いいや…、エリーナが凄いんだよ」
大雨の中、長身の顔の整った深緑色の髪をした男が立っていた。
真っ黒なコートに身を包んだ男は傘を差していないのに濡れてはいない。
その背後には青、赤、黄、骨の四匹のゴブリンを引き連れている。
違う、このゴブリンたちは喋っている。ハイゴブリンだ。
「あ、あ、あああ…」
現れた男の魔力の波長をエリーナは知っている。
忘れはしない。
エリーナは直感で理解した。こいつだ全部悪いのは。
ラシャルモニアがああなったのも。こうなったのも。
ラシャルモニアのみんなが死ぬことになったのも。
全部こいつのせいだ。
お前のせいなのか。
「ゴブルゥウウウウ!!!!!!!!」
「王はその名を捨てました。
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