【第20話】雨降るバラー平原


王都と聖地の間に広がる大草原バラー平原。

天気のいい日だとどこまでも伸びる草原を眺めることのできる気分のいい地なのだが、今日は天からバケツをひっくり返してしまったかのような大雨が降り注いでいる。

よく水も滴る良い男と言われてる俺様でもびっくりするような降雨量だ。


「これじゃあ進軍は無理だな」


「ですね。だいぶ痛い時間のロスになりますよ」


この大雨の下、天幕を張って大規模に野営している軍勢がある。

一兵一兵が金ぴかの高そうな装備に身を包んだこいつらは今回実質的に俺様が率いてきている王国三大騎士団の一角である【黄金龍ゴルデンドラン】だ。


「う~ん。この強さの雨を絶えず降らすとは…。恐るべし」


そしてこいつが団長【若き蒼龍】ソラン。

身体の線が細くて若いが実力は化物級だ。俺様には劣るがね。


ん?それで俺様は誰だって?


この一人称で分からない?

俺様はイーサン。【黄金の希望】リーダー、イーサン・クロッサだよ。久しぶりだな。


俺様とソランは王の勅命でこのバラー平原に居座っている≪禁忌を犯した魔女≫腹ペコアングリーアンダーを退治しにきてきる。


「イーサン殿。この雨の中もし進軍するとしたらどうなると思います?」


「雨中行軍で体力を無駄に消費すれば本命の怪物退治が不可能になるだろうな」


「同感です。どうしましょうか」


普段は二万の将として鋭い目付きをした軍人だが二人っきりになるとすぐこうやって素に戻る。

昔から変わらない。まったく仕方のない後輩だ。


俺様とソランは同じ軍学校を出ている。

俺がひとつ先輩で、ソランが後輩だった。

【選ばれし者】に選ばれる前の俺様は落ちこぼれて冒険者になったが、学校ではいつもこんな感じだったよな。


「我々に残された時間は大きく見積もって後十日ほど…、このままではまずいですよ」


「最悪二人仲良く斬首だな」


「縁起でもないことを言わないでくださいよ…」


ここからバラー平原の先の地にある聖地フェザーでは二十日後、王国第一王子ハローィとラナの盛大な結婚式が予定されている。


元彼の俺様からしたら複雑な気分だが政略的思惑も絡み合って決められた結婚だ。

ラナは乗り気だったようで婚約したらさっさと聖地フェザーに王子を連れて帰ってしまった。


ちなみに結婚式の招待状は俺様には届いていない。

別に全然いいけどな。俺様は祝福しているよ。


とうぜん国王を始めとした王都の重鎮たちや大貴族の長らは呼ばれているようで、彼らが安全に聖地まで向かえれるようにするために俺様たちはここにいる。

わざわざ腹ペコアンダーを倒しに行くのは聖地までの安全なルートを確保するためなのだ。

式の結婚式の成否は俺様たちにかかっている。


(むかつくぜ…。俺様たちの爵位も結婚式成功の人質にされちまったしよ)


ラシャルモニア壊滅があって延期された爵位授与式はラナらの結婚式の後とされた。

遠回しに王らがフェザーでの式に間に合わなければ爵位の話はなかったことにするとも脅されている。


もうこの国に魔王という憂いはない。


俺様たちは魔王がいたから重宝されて尊重されていた。

最近は露骨に扱われ方が雑だ。

話があると言えばかつては簡単に王とも謁見できていたのに今はそれもない。

もっと魔王討伐の旅は引っ張っておけばよかったなと最近はよく後悔している。


(深く考えても今更後悔しても何も変わらないか)


次に【選ばれし者】の価値が出るのは次世の魔王の出現する百年後だ。

今は与えられた仕事をやり遂げ、約束通り爵位を貰うことを優先することにしよう。

爵位さえあれば王都ではいくらでも成り上がれる。


しかしこの魔女を守る結界のような滝の雨。

さらに厄介なのは―――


ドドドドドドドドンッッ!!!


俺様たちの立つ先の地で瞬時に数十の光と轟音が大地に落ちた。


「さて、あれはどう突破しましょう」


落ちたそれは数十の雷だった。


「ナックル大丈夫かァー?」


叫ぶように遠方へ声をかける。


ここから五十メートル先。

そこから先に人が足を踏み込むと落雷魔法が降ってくるのだ。


「大丈夫」


静電気で髪の毛の逆立ったナックルがいつの間にか俺様の傘の下に入っていた。


俺様たちは何か進軍できる突破策が見つからないかと落雷を動いて回避できるナックルに何度か突っ込んでみてもらっていた。

その結果今だ何もアイディアは思い浮かべていない。


「あそこから先に電磁波が飛んでるよ。多分それで探知して侵入を察知してるみたい」


「お前単体なら走って突破できるか?」


「無理無理。本体何十キロ先にいるの?さすがにどこかで捕まるよ」


「そうだよな」


落ちてきた雷も腹ペコアンダーの魔法だ。

縄張りに侵入した相手に対して雷の長距離魔法を放ってきている。

優れた【黄金龍】所属の魔術師でも防げない高威力だ。

それが数十発も。過剰攻撃である。


【至高の魔術師】エリーナがいたら魔法に魔法で対抗して進軍できた。

【黒曜の瞳】ゴッズがいれば無敵の盾として進軍を守ってもらえた。


だが二人はここにはいない。


エリーナはあの日単独でラシャルモニアに向かって以来行方不明で、ゴッズも帰ってきてはいない。

ラナも嫁いでしまって【黄金の希望】はナックルと俺様のコンビパーティーと化しているのが現状だ。


「着替えて天幕の中で待ってろ」


「わかった…」


俺様はナックルに自分の天幕に戻るよう指示を出した。

既にずぶ濡れなので雨に打たれても気にしないで歩いていく。


ソランが気を利かせ、自分の傘に入れて送ろうと呼び止めたがナックルはそれを無視した。


「俺、嫌われているんですかね」


「年頃なんだろ。それよりも今いいアイディアを思いついたぞ」


「おお!さすが先輩!」


ソランは待っていましたと喜んだ。


落雷を攻略するのは諦めた。

殴って魔法をぶち壊せるナックルでも無限湧きには対応できない。

だから視点を変える。目を向けるべきは正面ではない。視線は下へだ。


「穴を掘るぞ」


少々下品な言い方をするがな。

濡れて透けたナックルの身体で思いついたんだよこれは。

どんな連想したかはここじゃ内緒だぜ。


   ◆


テントの中に入るとナックルは毛布にうずくまって小刻みに震えていた。

傍から見ても震えが分かるほどガタガタガタガタとやっている。

着替えろと言ったはずなのに服も濡れたままだ。

布団の替えはいくらでも用意できるからそちらはどうでもいいんだがな。


「うう…、ううう…、あああああ」


頭を掻きむしって涙を流しながら苦しんでいる。

千年に一人の天才とは思えないみじめな姿だ。

総本山のファンの爺さんらが見たら卒倒するぞ。

これは恐怖からくる怯えとかではなく


俺様とナックルはとてつもなく強い依存症に苦しめられている。


これが聖女ラナの一見利便性が高そうに見えるスキル【織天使の致死否定】のデメリットだ。

どれだけ大きなダメージを受けても体力を1だけ残せる強力なスキルだが一度人体に使用すれば末路はこうなってしまう。


あの天国にいるとを思わせた安堵感、優しい至福は脳にとって快楽成分だ。

体験して知ってしまったらもう抜け出せない。忘れることができない。


まったく困ったもんだ。


どさりと俺様もその場に座り込む。手は震えている。

これは恐怖ではない―――

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