【第19話】非情な判断、見
フェスタリア教の教皇ラスの側近、枢機卿リスコインの元には多すぎる量の報告が届いていた。
「お母さん凄いよ~」
おほほんとした昼下がり、買い物に出かけていた親子の娘が空を見上げてそう言った。
フェザーの空を数多くの白い鳥が飛んでいたが、それらはすべて伝書鳩である。
鳩の群れがパラレア大教会の在する中央地リカリシューへ一挙に集まってきていた。
「おいおいおいおい!!何が起きているのだ…!!?」
大居住地区ギルバット、レレーダ、セネー、ババトワン、カタア。
丸くあるフェザーの外周地区全てからの緊急救援の要請だ。
暴動の発生。グールの発生。都市機能の破綻。
信じられない事態がそこには記されていた。
「ロテテモ大司祭はいるか…?」
「ここに」
下から返事が。
聖地に十二人しかいない大司祭の位に名を置く【見す者】ロテテモ・ランクーシュ。
頭を丸めた男は半裸の姿で床に寝そべっていた。
多くの者が慌ただしく小走る大ルームでたいへん不潔ではあるが本人は気にしていない。
生来から目が見えていない彼はあらゆる場所に視線を通せる奇跡【
千里の先もロテテモには一寸先同様に見えていると言う。
「現地を見たか…」
「ええ。報告はみな偽りなく事実かと」
ふざけた寝格好でもロテテモには精細に見えていた。
今はババトワンを眺めているが向こうは凄い有様だ。
「今ちょうどテザート大司祭がグールの群れに飲み込まれて亡くなりましたよ」
「何ッ…!!?」
ババトワンの矛【聖炎】大司祭テザートは猛烈な炎渦と慈愛満ちた聖炎を使い分ける炎使いだった。
聖炎が悪霊・病魔・不吉といった形なき悪い物だけを浄火し、炎渦が敵対者を塵滅し尽くす大司祭最強の男であったテザート。
今日もグールの大発生に容赦なく業火を振るっていたが、際限なく湧いて襲い来るグールの焼死体の山に圧し潰されて死んでしまっていた。
これで死んだフェザーの大司祭は五人目だ。
「一人の大司祭の死でも大損害だというのに…。どこからかフェザーは攻撃を受けているのか…?王都が、まさか…」
「私は今を
「増えているだと!?何だそりゃ…」
「枢機卿、地下の被験者が脱走したのでは?」
「それはない…。あそこは厳重に管理されている」
「グールと言いましたがこれはグールではありません。別物です。聖地の内から湧いた脅威。あなた方のやっている非人道的な生体兵器実験の不備の可能性が一番高いと思っているのですがね」
「黙れ!!死者を蘇らす試みなど罰当たりが過ぎるわ!そこまではやってはおらん!」
そこからの枢機卿リスコインの判断は早かった。
すぐに情報室のスタッフたちに指示を出す。
「リカリシューのゲートすべてを閉ざすよう現場に伝えろ!すぐにだ!!」
正確な情報はまだ手持ちにはなかったが―――
大司祭すら屠る得体の知れない正体不明のモンスターの大群。
増えるとも言うのであれば見捨てるしかないと判断した。
万が一まで加味してリスクは減らす。
「一人も外からの流入を許すな!既に入ってきている者は【
「なんと罪深き。故にこのような試練を神は我々にお与えになったのでは?」
「うるさい!!物を覗き見ることしかできん貴様は黙って見ておれ!!」
こうして聖地フェザーを舞台とした生存競争、聖戦は始まった―――
非情ではあったがリスコイン枢機卿の判断と指揮は正しいものだった。
救おうと足掻いた者はみな死んだ。
そうやって大司祭すら殺されてしまった。
結果論にはなるが、一切の避難者を受け入れず自分たちだけ張った結界に籠っていればこの事態は乗り切れたのだ。
リスコインの選択は大司祭たちができなかった正解を選んでいた。
素早い対応で各地のリカリシューのゲートは閉ざされた。
ドンドンドン!!「助けて」と救いを求める声があったが無視された。
問題はゲートが閉ざされる前に入ってきていた者。
重傷を受けた人間も、子供も老人もそこにはいる。
聖騎士団【神の聖牙】の騎士らがランスの先を避難者たちに向けた。
リスコインのミスは現場の気持ちを読み違えたことだろう。
守るべき民をランスで刺し殺すなんてことができる訳もなく。
せめて彼らだけでもとリカリシューの外から逃げてきた避難者たちは保護されていった。
【見す者】ロテテモはその光景を見ていたが報告することはなかった。
慌ただしく人の出入りする大部屋の真ん中で寝そべった体勢を変えていく。
右手だけを地面に付けて体を浮かせ腰を曲げる。聖地鶴のポーズだ。
余計な干渉をするつもりはない。
滅びも栄えも時の運。死ぬ時は死ぬし助かる時は助かる。
事象はすべて生まれた時から決まりきっている変えがたき物事なのだ。
どうなろうと身は流れに任せるだけである。
これまでもそうだった。
パラレア大教会地下で人体実験が行われていようと。
かつての魔王の残滓を用いた生体兵器の制作が目論まれていようと。
教会上層部が密かに王都を攻め落とす算段を計画していようとも。
彼はただ見ているだけだった。
聖騎士団に保護されたババトワンの住民の中からグールが湧いた。
閉ざされたリカリシューも安全ではなくなっていく。
見ているロテテモは少し笑っていた。
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