【第18話】摂理を否定する者
(最後の砦であったマヤテラ教会まで墜ちてしまうとは…。ん…?)
ちょっと大きめな集合住宅の階段踊り場に座って潜むフレーラは空に飛行船を見つけた。
飛行船は低空飛行しており窓から人が顔を出して何か叫んでいた。
「マヤテラ大司祭様を救出しに来たのだろうか…」
フレーラは腰を上げた。
真っすぐ飛ぶ飛行船はマヤテラの救助を諦めこちらに向けて進み出している。
あれに見つけてもらえれば救出してもらえるはずだ。
「フェザール―――…」
一縷の望みに賭けフレーラは階段を降りて大通りに出た。
隠れ続けていても事態は好転しない。このチャンスを活かさねば。
大通りにはグールがたくさんいた。
しかし誰もフラフラ歩くフレーラに気もかけず走って横を過ぎていく。
(思った通りだ…。グールたちはいまマヤテラ大司祭にしか関心がない)
包囲網から抜け出せていたローレンを見て、かもしれないと思っていた予想は当たっていた。
蟻同様にフェロモンを出して仲間を呼んでいるのだろうか?
獣たちは大司祭の極上の肉を求めて駆けていく。
一帯のグールすべてはさらに巨大になっていくマヤテラ大司祭の元へ集結していた。
風前の灯火となったマヤテラの命は最期に燃え盛り、最大記録であった12メートルを超えてまだまだ大きくなっている。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…」
満身創痍の身体は悲鳴を上げている。
左足を引きずりながらフレーラはグールの流れと逆走して懸命に歩いた。
自分以外に生き残っている人はいないようだ。
家屋に隠れている者はいそうだがこうやって外に出ているのはフレーラだけ。
(私は神に守られている…)
―――何か大いなる力に導かれているような気がした。
グールに襲われないのはマヤテラ大司祭の献身のおかげではあるが、それも含めて神の意志を近くに感じてしかたなかった。
薄れる意識でこのとき司祭フレーラは己の生まれた意味と役目を自覚した。
自分が何を成すべきなのか。何のために生まれたのか。その答えを得る。
「ああ…、この生と死が混濁した地獄で、復活を果たす者を目撃し…、伝えゆくことこそが、私の―――…」
脳裏に啓示があった。
この役目こそ限られた者しか扱えない奇跡という権能なのである。
フレーラはこのあと飛行船に発見され救出される。
何だかんだこの後のトラブルも生き残り続けた彼は大司祭の位に名を並べ、見届けた者【口伝者】大司祭フレーラとして、この日の惨劇と奇跡を事細やかに後世に伝えていくことになるのであった。
◆
―――はずだった。
神のルール。神の定めたルート。神の決めた摂理。
神の授けた役目。それらを無視―――、砕いて破棄できる者がこの世にはいた。
フレーラはふらつく足取りを前から支えられた。
相手はコートを着た緑の髪に黒のメッシュの入った男だった。
「貴方は…」
博愛主義者であったフレーラは生まれて初めて初対面の男に嫌悪感を抱いた。
身を包んでいた万能感が消え失せ神が遠ざかっていく気がした。
まるですべてを台無しにされたような感覚。
空を飛んでいる飛行船の様子が急におかしくなる。
窓から飛び降りた人がいた。パラシュートなしのスカイダイビングだ。
もちろん空を飛べるわけもなく重量に従って地面に真っ赤な花が咲いた。
船内で
十中八九グールに違いない。窓ガラスが内から割られる。
飛行船は急旋回していき高い建物の側面にぶつかって自壊していった。
漏れた燃料が延焼して瞬く間に飛行船は燃え上がってしまった。
唯一の生命線はあっけなく消えた。
「貴方は何だ…」
「僕は───」
命運が黒く染まっていく。
フレーラの与えられた奇跡【口伝者】はあらゆる窮地を脱し惨事を生き残って伝える事を保証する、運命に干渉した力であった。
本来なら無敵に近いはずの力だったが、数百の魔王の力を統べた王を前にして。
今日死ぬ予定になかった男はこの日殺されることとなった。
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