【第36話】痛みと快楽成分


「ラス教皇殿…」


ハローィがラナの前に出た。

レーセンという脅威からは救われたが気は許していない。


【織天使の致死否定】の快楽を伴う副効果でハイとなっている彼は気が強くなっていた。


「眠っていろ」


ドスン!ハローィは腹パンされる。

「ウウウ…」気持ちのいい気分のまま彼は意識を失った。


「お父様!?何をするのですか!ハローィ…!」


「眠らせただけだ。安心しなさい───…」


ラナは睨みつける。

教皇ラスは父親の目を向けていた。


通路の端の埃が揺れ動く。通路自体が縦に揺れている。


「私が他者を吸収するには条件がある。融合を受け入れなければならない───…」


「だ、だから何度でも言いますわ…!私はそんなこと受け入れません…!」


「ラナ、お前は必要なのだ」


教皇ラスはこの地獄で偉大なる力を手に入れた。

他人を取り込み一体となる神の如き権能。

全人類と融合し一個の命となって人類史を完結させることが今の彼のゴールである。


「気持ちが悪いですよ…。実の娘と一体になりたがるなんて気色悪い!」


「そういう低レベルな話ではない───…」 


通路の先から赤い光が見えた。


レーセンの変身した横倒しのロケットの噴射口から熱波が放たれたのだ。

途端、炎が三人を飲み込んだ。


パラレア大教会地下の向こうの端まで届く火柱。


あまりの高温に通路そのものが溶ける。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

───滝の中にいるようだった。ラナはそう思った。


「吸収には激痛が伴うようなのだ。前列の者が泣き叫んでしまえば次列の者は竦んでしまう。痛みとは試練だが皆が乗り越えれるものではない。私は見捨てない。極楽を脳に見せるお前の【織天使】が私のものになれば笑って人類は一つとなれるのだ───…」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

四角い結界にラナたちは業火から守られていた。

教皇ラスの【聖糸結界】。大司祭ダイラの遺体を取り込み自身のものとしたスキルだ。


結界は完璧に熱をシャットアウトしていた。


奇跡。それは大司祭たちにのみ神より赦された特権である。


この世にはあらゆる事象が存在する。

落ちる。燃える。壊れる。阻む。貫く。守る。etr…

あらゆる現象が組み合わさって世界は構成されている。


奇跡とは、どの事象よりも上に割り込んで最優先される特別ルールであるのだ。


例えば【聖糸結界】は

その阻むという行為がこの世界では結果の第一に来る。


結界を必ず破壊するスキルがあろうと奇跡の結界はそれすら阻んでしまうのである。


「邪魔な第一王子を生かしているのは温情だ。愛する者と共に安寧なる永久とわを過ごせる、素敵なことではないか───…」


「そうは思いませんわ…!」


「我が子だ。手荒いマネはしたくなかったがな───…」


業火は止んでいく。

ロケットからの高温ガス式火炎放射が止む。


【火器暴虐の魔王】レーセンは死んでいた。

死因は心停止。


【導き】大司祭トトの密閉空間にて無差別に人を殺めることのできる奇跡が息の根を止めたのである。

こういった地下空間でこの奇跡は最大限の効果を発揮する。


ラナとハローィが無事なのはチョク大司祭の【聖選別リ・アルテマ】の効果。【聖選別】は誰にどのスキルが作用するかなどあらゆるができた。


両方とも教皇ラスの発動した奇跡である。

死体を回収できた大司祭たちの奇跡をいま教皇ラスは扱える。


「やめ…て…」


首を掴んで教皇ラスはラナの身を持ちあげた。

息ができない。


「心変わりはないか?残念だ───…」


死ねば死体からスキルは吸収できる。


パリィン───


結界の一面が割られた。 


強度ではない。【聖糸結界】は矛盾のない結界だ。

あらゆる武器も兵器も魔法もすべも通用しない。


───神の定めたルール。


しかしこの世にはその摂理を否定できる者が、いた。


その者は青いメイド服のゴブリンを連れた黒い服を身にまとった男だった。


「貴様は…、やはり死んでいな───ッ!


ゴブルの拳がラスの顔を捉えて吹き飛ばした。

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