第6話  僕と彼女と夕飯と

「う〜ん……」


 バイトを終わらせて、疲れた体を伸ばしながら家に帰った。


 家の扉を開けると『バイト終わった』と予め連絡をしておいたからか、魚が調理されているいい匂いが漂ってくる。ドアの開閉音に気付いたらしく、その料理を作った本人が駆け寄ってくるパタパタというスリッパの音が聞こえてくる。


「おかえりなさい、蒼熾くん」

「うん、ただいま梓」

「お風呂にしますか?それとも夜ご飯にしますか?」


 いつか何かの間違いでそれともワ タ シ?と言われないかなと思ってしまう。


「これ以上、待たせるのも悪いから夜ご飯でお願い」

「じゃあ温めておきますね」

「ありがとう、荷物置いたらすぐに行くよ」


 リュックを下ろし、首のネクタイを解いてリビングに向かえばすっかり用意のされた料理が並んでいる。


「「いただきます」」


 傍目は夫婦。残念なことに内面は僕の片想い。それでも、彼女のこの笑っている姿を見られるのが僕だけという優越感には浸れる。……ただ、同時に彼女の隣に僕は立てないという辛さにも襲われるが。


「あの……、どうかな?初めてアジの南蛮漬け作ってみたんだけど……骨固くない?」

「全然。骨ちゃんと溶けてるし、タレにしっかり漬かってて味が染み込んでておいしいよ」


 正直なところ、彼女の作る料理なら何でも美味しいと思う。そこまで不安になることもない気がする。


「それならよかった〜、ちょっと不安だったんだよね」


 僕の素直な賛辞に顔を綻びさせる彼女。彼女のその顔を見ているだけで再び自分の顔が熱くなるのを感じて話を逸らす。


「そういえば、あの映画どうだった?」


 彼女が借りていた映画は去年上映されていたホラーだった。


 彼女はあまり怖いものが得意ではなかった印象があったのでそういうものを借りるのは少し意外だった。


「ちょっと怖かったけど、蓮が隣にいてくれたから別に良かったかな」


 どうやら爆弾を踏んだようだ。彼女の顔が少し赤い。僕は僕で惚気られたようで辛い。


「そうか、よかったな……。付き合い始めてからどれくらい経った?」

「まだ一ヶ月経ったくらいだわね」


 ……もう一ヶ月も経ったのか。僕の醜く拗らせている片想いも、遥香との関係も。時の流れというのも早い。


「というかあそこでバイトしてたんだね。初めて知った。何回か行ったことあるんだけど、今まで一回も会ったことないから」

「ああ、まぁな……」


 何がまぁななのかは分からない。


 その後の僕はどこか上の空で夕食を食べていた。


 食べ終わり、皿を片付けようとすると彼女の静止が入った。


「いいよ、片付けやっとくから。私、もうお風呂入っちゃったから入っといて」

「……いや、ごめん。ありがとう」


 着替えを持って風呂場に行く。


 シャワーを浴びながら、僕と彼女の隣にいる男を比べる。


 はたやクラス一のイケメンであり、成績優秀、そしてサッカー部のエースストライカーを勤めているクラスの中心人物の男。それに対して僕は特に何の取り柄もないただの平凡な男。


 どちらが彼女の隣に立つのに相応しい男かは一目瞭然。あんなに眩しい彼女の隣に僕は立てない。


 そんなことを考えている内に虚しくなり僕はそっと溜め息を溢した……。

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