第21話 僕と彼女と元カノ、そして何かが始まる音と
翌日、朝食を取ると梓と一緒に家を出た。彼女に合わせて家を出たのでいつもより五分ほど早いが、誤差の範囲だ。
梓と一緒に学校に通うというのも何気に初めてなので緊張する。なんとなく空を見上げてみれば梅雨に入ったというのに雲一つない快晴。六月にもなるとやはり暑い。
「いい天気だな」
「そうですね」
「暑いな」
「暑いですね」
「……」
「……」
昂った気分とは裏腹に僕たちの会話はいまいち盛り上がることなく止まってしまった。
家の中でならいくらでも……は嘘だが夕食の話とか何かしら話題が思いつくのに……。
ああ、どうしよう……なんとかしなきゃとそう一人で悩んでいると梓が突然手を差し出してくる。
「えっ?」
「手、繋がない?」
「……」
そう僕に提案している彼女の顔は赤かった。
「……誰にも見られない範囲でいいなら」
僕は彼女が手を引っ込める前に彼女の手を掴む。
彼女の綺麗な手を掴むとなんとなく彼女の方を向けなくなり視線を逸らす。
やはり彼女も気恥ずかしいのか彼女の手も熱く、少し安心する。
そうしてしばらく歩いていると彼女があっ……と突然声を漏らす。反射的に手を離すと、少し残念そうな顔を向けられると同時に梓〜と手を振りながら女子が駆け寄ってくる。
「おはよう〜、梓」
「おはよう、乃亜」
「無事そうで良かった、……梓。心配したんだからね。それと牧田くん、梓のことを救ってくれてありがとう」
「いや、別にたまたま居合わせただけだから」
一応、学校には事件の詳細を報告してあるが、僕と彼女が一緒に暮らしていることを誤魔化すために、道端で襲われたときに助けてもらったという設定で話したということを今日の朝聞いていた。
「私と別れたあとのことだったから、ちょっと後悔してたから謙遜しないでよ。そういえば梓ってば、メールで牧田くんのこと、ンンンン」
突然、梓が柿崎さんの口を塞ぎ、焦ったように柿崎さんの耳元で何かをボソボソと呟き出す。
梓が柿崎さんの耳から口を離すと柿崎さんは梓を見てニヤニヤと笑い、それじゃあ先に行ってるから頑張ってね!と言い駆け出して行ってしまう。
どうしたんだ?と思いながらもそのまま二人で学校に向かうと、教室に入った瞬間にクラスメイトに取り囲まれる。
「牧田、お前聖女様のことを救ったって本当かよ!」
「梓、大丈夫だった?」
「羽原、あの野郎クズすぎるだろ……聖女様が無事で、羽原も無事に捕まったからいいものの……。本当にありがとう! 牧田」
「キャー、牧田くん素敵! 付き合って」
「ちょっ、ちょっと待て。一斉に来るな。対応出来ないから。それと最後のセリフ言ったやつ殴るぞ」
なんとか僕を囲むクラスメイトを追いやって自分の席に座るとニヤニヤとしながら陽介が肩を叩いてくる。
問答無用で頭を叩く。
「人を揶揄うな」
「いや、それは本当にごめんって」
「……謝るくらいなら最初からそういうことは止めろ」
「オーケイ、分かった」
陽介の視線が一瞬クラスメイトに取り囲まれている梓の方を向き、僕の方に戻される。
「……それでさ、一緒に学校に来たのはそういうこと?」
「……そういうこととは?」
「いや、それはさ、お前が聖女様と付き」
突然、教室の一番右前の席がガタンと音を立てる。
クラス中の視線がその席の主、遥香に向かう。僕のことをじぃっと見つめてきている遥香と目が合う。彼女の目を見た僕は目が見えているということはあり得ないはずなのに、まるでコントラストが抜け落ちているかのような目を見ている錯覚に陥った。
彼女は立ち上がると僕の元に歩いてくる。そして、僕の目の前で止まる。
「そーし、おはよう」
学校で遥香が僕に声をかけてくることはほとんどない。それに数少ない会話の際も僕を下の名前で呼んだことは一回もなかった。それにいつの間にか目が……。
嫌な予感がした瞬間に僕の唇が何か柔らかいものが襲う。
「……えっ?」
それが遥香のキスだと気付くには時間がかかって、僕が何が起きたのかを理解した時には教室の空気が凍っていた。
そして、同時にどこからか別の薄暗い視線を僕は確かに感じた……。
———————————————
第一章完
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