第15話  僕と彼女と襲来者と

「それにしても昨日の教室の空気ヤバかったな……」

「……ああ」


 陽介と駅前の書店に向かいながら昨日の教室の話をする。


 羽原と梓が別れた翌日、今日から見れば昨日の教室には異様な空気が流れていた。


 羽原の浮気、そしてそれを原因として梓と羽原が破局したということを知っているらしき女子の男子を見る冷たい目、そして男子の学園二代美少女の一人である梓が別れたということを原因が原因なだけに素直に喜べない心情とこの地獄のような視線に耐えかねる雰囲気。


 それらが混じり合って非常にカオスとも呼べる空間。当事者の羽原が教室に入ってきたときはもう酷かった。羽原が歩く先にいた人は女子はおろか男子でさえ端によけるので悪い意味でモーセが海を割ったかのような道が出来ていた。


 いつもは騒がしい陽介も昨日は空気を察して静かだった。……こちらは病み上がりだからかもしれないが。


「というかなんで女子って「本当、男子ってば最悪」って言うんだろうな、最悪なのは羽原だけなのに……」

「さぁね……」

「ただでさえモテないのにそれに追い討ちをかけないでくれ……」

「……」


 陽介の背中をドンマイという風に軽く叩く。


 昨日ほどではないが今日も女子から男子への視線は冷たかった。……こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。


 梓もあの後は落ち着きを取り戻していつも通りのようだが……、無理をしていないといいな。毎日顔を合わせるとはいえ聞きにくいものがある。


 話しているうちに書店に着き、まさに中に入ろうとしたときだった。


「おい梓、人の話を聞けって」


 どこからか、つい最近聞いた記憶のある声が聞こえてくる。


「お前のせいであいつにもフラれたんだからよ。責任取ってくれよ」

「……」


 店に入りかけていた足を戻して近くのタピオカ屋を覗いてみればそこには梓とその友達と思わしき数人の女子、そして事件を引き起こした張本人の羽原がいた。


「ん?蒼熾どうしたって……ああ」


 既に店の中に入って本を選ぼうとしていた陽介も戻ってきて、僕の視線を辿って羽原がいることに気付いたのか複雑な表情をする。


「なぁなぁ、ちゃんとツケは払うべきだろ」

「……」

「何かしら言おうぜ」


 しばらく電柱の陰に二人して息を殺して潜み、覗いていると陽介が僕の肩を叩いてくる。


「どうする?」

「どうするって?」

「助けに入るか、見なかったふりをするか」

「……取り敢えず様子見て危なそうになったら割り込もう」

「OK」


 僕らが方針を決めている間にも話は進んでいた。


「お前のせいで学校でも総スカンを食らったし」

「……それは完全に二股していたあなたが悪いでしょ……」

「あっ?」

「逆ギレしないでよ。悪いのは羽原って分かりきってるんだから」


 梓の友達が羽原を非難すると


「うるさいな〜、部外者は黙ってて。梓、ちょっと付いてきてよ」

「嫌、ちょっと誰か!」


 羽原が梓の腕を掴んで無理矢理連れ去ろうとした瞬間に、堪えきれずに勢いよく電柱の陰から飛び出す。


「おい羽原、その手を離せ」

「えっ?」

「ん?……牧田?」

「一応俺もいるんだけどな……」


 羽原の視線はこちらを向くが変わらず梓の腕は掴んだままだった。


 無理矢理引き剥がす。


「何やってんの?……まぁ見れば分かるけど。二上が嫌だと言っているし」

「いや、俺は話をしたいだけだから、彼氏として」

「……別れたと聞いたんだが?」

「……」

「それにあの件は誰がどう考えようと自業自得だろ」

「……今回は本当にお前には関係ないだろ。それとも、お前まさか二上と二股してたのか?」

「してないが、なぁあz……二上」

「えっ、うん」


 梓がそういうことをするはずがないのは僕が一番分かっている。百歩譲って僕が二股をしていたという発言は許せるとしても梓のことを疑うのは許せない。


「羽原お前さ、分かってるの?梓がいつもお前といるときのことを楽しそうに話してたのを。今日は何して、昨日は何してって。それなのに疑うってどういうことだ?」

「なんでそんなことを……」

「教室であんなふうに幸せそうに惚気てたら誰でも分かる。それなのにお前は自分のことを棚に上げて。なんだそれ?」


 まさか家で惚気られましたとは言えない。従姉とはいえ一緒に住んでいることがバレたら面倒だ。


「ああもうゴチャゴチャ五月蝿いなぁ!邪魔するな!とっとと失せろよ!」


 大振りで殴りかかってくる羽原の腕を躱す。サッカー部のエースストライカーなのに腕なのかと思ったら不意に強烈なキックが襲ってくる。


 帰宅部の本気を出してなんとか躱す。ただ続け様に放たれるパンチは躱せな……。


「おい羽原、それ以上はやめとけ。警察を呼ぶぞ」


 陽介が110まで打ち込んだスマホを高々と掲げている。


 それを見て分が悪いと判断したのか


「チッ、お前ら二人覚えとけよ。……梓、またな」


 羽原はその捨て台詞とともに去っていった。


「助かった、陽介」

「いやいや、俺は割り込めなかったから」


 ここで改めて梓たちに向き直る。


「二上さんたちも大丈夫?」

「あっ、うん……」

「ありがとう……」


 梓の目にはなんでここにいるの?という文字が浮かんでいるのでその答えを示すためにも、


「気を付けて帰れよ」


 とそれだけ言うと彼女たちに背中を向けて陽介を引っ張っていく。


「予定通りとっとと本買って帰るぞ」

「えっ?ちょっとぐらい俺にも話させてくれ〜」

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