第32話  私と彼と静かな決意と【二上梓視点】

 あの場から逃げるように家に帰ってきた私は蒼熾くんの部屋に勝手に入り、彼のベッドに体を投げ出した。


「はぁ……」


 今でもあの時の蒼熾くんのことが忘れられない。


 あの日、私を襲おうとした蓮から守ってくれた彼。


 蓮を圧倒したあとに私のことを抱きしめてくれたあの温もり。


 でも、そんな彼にはカノジョさんがいる。


 今日のお出かけの間の二人のことを見ていれば分かる。お互いのことが好きだっていうことが。


 特に、立花さんは私の彼に対する気持ちに気付いているのか、蒼熾くんに徹底的にマーキングをしている。


 少しでも彼を味わうために私が蒼熾くんにハグをすれば、立花さんもするし、私が彼にあーんをすれば、彼女はそれ以上のことをした。


 徹底的に警戒をされ、家に帰ったあとにしようと思っていたことも彼女が寂しいと言って引き止めることで阻止されてしまった。


 それで私の覚悟はポキリと折られてしまった形となり今に至る。



 蒼熾くんは私のことをどう思っているんだろう?


 少しでも私のことを好意的に捉えてくれているのだろうか?一年以上同じ屋根の下で一緒に暮らしているのだから、嫌われてはいないと思う。


 でも、彼は優しい。途方もなく優しいから嫌いだったとしても、それをおくびにも出さずに私に笑顔を向けてくれる。


 いや、例え私のこと好意的に思っていなかったとしても、関係ない。


 少しずつ彼に私という存在を刷り込めばいいのだから。

 

 

 彼のことを考えている内に熱を帯びてきた体を彼のベッドの上で慰める。


「はぁ、はぁ……、蒼熾くん、蒼熾くん」


 今までこんなことをしたことはないのに、一度動画で見たことがあるだけなのに、彼のことを考えると手が止まらない。


 彼が私を求めてくれるその姿だけを思い浮かべてその快楽に身を流す。


 彼のベッドの上にいるから、息を吸えば彼の匂いがする。今日の昼に抱きしめてもらったことを思い出しながら、彼に繋いでもらった手を必死に動かす。


「蒼熾くん、蒼熾くん、はぁ……好き……」


 ただ、あの日みたいに抱きしめてもらえないし、彼がいないので温もりを感じられるわけでもなく寂しい。


 そんな中、乃亜との会話を思い出す。


 蒼熾くんと立花さんが付き合っていると知る前に、あの蒼熾くんに助けられた翌日に私は乃亜に彼のことを相談した。


 その時、乃亜は冗談混じりで男ってば馬鹿だから体を見せればすぐに好きになると言っていた。


 あの時は笑って流したけど、今は……。



 こんなことは駄目だとは思う。


 でも、もう蒼熾くんのこと以外考えられない。


 これ以上は我慢できない。蒼熾くんはもう蓮とは決定的に違う。


 立花さんを越えるためにも、蒼熾くんを私の——にするためにも。


「っ、はぁはぁ……」


 これじゃあ足りない、今すぐ会いたい。会ってそして……。


 絶頂に達した私は再び覚悟を決めて、立花さんの家にいるであろう蒼熾くんに、彼の優しさに付け込むようにメールを送った。


『ごめん、体調崩しちゃった』


 あとは彼が帰ってきた後に〇〇〇するだけだ。

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