第10話 僕と元カノと遊園地と②
半分こにするだけなんだからそんなことをわざわざする必要はないのでは?
「……なんであーんをしようと?」
「逆になんで今更あーんで恥ずかしがってるの?」
「いや、……だってもう付き合ってないし」
付き合ってたときもそんなに大胆にはやらなかったし……。
彼女は周りをキョロキョロと見回してから僕の耳元で囁いた。
「……でも、私たちってもっと大人な関係だよね」
彼女のその言葉は僕の耳を妖しくくすぐった。
「……それはそうだけどさ」
「もう緊張しすぎ、そんなんじゃ楽しみきれないよ!」
「まぁ……」
「折角なんだし楽しも!」
彼女の勢いに押されるように僕は彼女に差し出されたカレーを口にする。
「どう? 二倍おいしい?」
「……ああ。……ほらよ」
意趣返しとばかりに僕も差し出してみると彼女も少し躊躇いながらではあったものの、僕の差し出したオムライスを口に入れた。
「……」
「……」
何故かお互いに黙りこくってしまい、しばらくスプーンを咥えた彼女と見つめ合う状況が続いた。
隣のボックスに座っている大学生と思しき女性二人の朗らかな笑い声が聞こえてくる。
「あの子たち、甘くていいねぇ〜。私もああいう青春を送りたかった〜」
「分かる〜」
「今からでも遅くないからああいう恋をしたい〜。ああ、いい男いないかな〜」
その言葉で羞恥心に襲われて思わず彼女から目を逸らす。
彼女がぼそりと漏らした。
「……半分こにするだけならこんなことする必要ないのに」
「……」
それは僕が最初に思ったことだよ……。
ただ、その女性たちにカップルと見なされたからだろうか、僕の胸の中にあった遥香に対するわだかまりのようなものは不思議と消えてなくなっていた。
その後は時が経つのも早く、お化け屋敷で怖がった遥香に抱きつかれたり、メリーゴーランドなどの残りのアトラクションに乗ったりすると気づいてみればいつの間にか空が少し赤く染まり、かなり日も傾いていた。
「いい時間になってきたな……大体行ったけどどうする?」
「じゃあ、最後に行きたいところあるんだけど、そこに行ってから帰るでもいい?」
「いいよ」
彼女に手を引かれた先には観覧車があった。
係員さんに扉を閉められてしまえば、この地上から隔離された二人だけの世界が出来上がった。下を見下ろせば今日行った遊園地のアトラクションが全て俯瞰できる。
向かい合って座っているだけだが別に悪くはない空気だった。
「ねぇ蒼熾、どうだった?今日は」
「ん、楽しかったよ」
最初の方は彼女に振り回されていたが、昼食以降は僕も心から楽しめたと言えると思う。
「それならよかった」
思ったままに伝えると彼女は顔を綻びさせた。
「私もさ、今日蒼熾とここに来れて良かった」
「ああ……」
僕たちの間にしばらく沈黙が流れる。そして僕たちの乗っているゴンドラが頂上まであともう少しとなったときだった。
「あっ、あのさ蒼熾、私伝えたいことが」
彼女が何かを言いかけた瞬間に山と山の隙間から沈みかけていた夕日がゴンドラ内に差し込んだ。その光は彼女の顔を照らしていて、その眩しさに胸をドキリと跳ねさせた僕は思わず呟いてしまった。
「綺麗だ……」
「えっ?」
「あっ、いや、その遥香がじゃなくて夕陽がで……」
「……」
「ってこれは失礼すぎだろ、いやあの、その……」
「……」
「ああ、もうとにかく綺麗だ、綺麗なんだよ全部」
「……」
彼女は何も言わずに僕のことをじぃっと見つめてくる。気まずくなった僕は話題を変えた。
「それで何か言いかけてたけど……」
「ううん、もういいの」
「そうか」
観覧車から降りると帰りの電車に乗り、彼女を家まで送った。
「今日はありがとう。本当に楽しかった」
「こちらこそありがとう。また行こうね」
「ああ」
「じゃあ、バイバイ」
「おやすみ」
彼女に手を振って別れる。
心地の良い疲労感を感じながら、家に帰った僕は知らない。
僕が帰った後に彼女が玄関でしていたことを。
「そーし、私はあなただけの——。そしてあなたは私の——アハ♪」
遥香がそう呟き、蕩けた目をしながら、僕と繋いでいた手をペロリと舐めていたことを……。
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