第12話  僕と元カノと不穏な気配と

 その翌日の昼休み。本来なら陽介と駄弁りながら教室で昼食をとるのだが、陽介が体調不良で休んでいたので折角晴れていたこともあり、一人屋上に食べにきた。


「———さぁ——遊—————いって」

「———します」


 何やら話し合う声が聞こえてきて少し屋上の扉を開いて覗き込む。


 気まずそうな空気だったら、とっととそこから離れて別の場所で昼食を取ろうと思ったが、そこにいたのは遥香と羽原だった。


 何をやってるんだと思い、耳をよく澄ませてみる。


「だからそんなこと言わずにさ〜」

「お断りしますと何回も言ったはずですが。もういいですか?友達も待っているのでこれでは。キャッ!掴まないでください!」

「首を縦に振ってくれたら離すよ。別にちょっと放課後一緒にカラオケに行ってほしいだけだし」


 どこまでも応じない遥香に腹を立てたのか羽原が彼女に手を出し始めたのを見た僕の体は気付いたら動いていて、二人の間に割り込んで羽原の腕を彼女から振り解いていた。


「おい羽原、はr……立花が困ってるだろ」

「はっ?いきなり何?……牧田、お前には関係ないことだろ」


 ……僕の名前を呼ぶときに一瞬詰まったのは僕の名前が分からなかったからではないと信じたい。


 そんなことよりも関係ないことか……。確かにそれはそうだけど、逆に僕たちに関係があったらいいんだよな。


「あ〜悪い。実は僕、遥香と付き合ってるんだよね」

「「えっ?」」


 僕が突発的に吐いた嘘とはいえども遥香が驚いてしまっては、全部台無しだろ……。まぁ、僕がいきなり割り込んだのが悪いんだけど。


「本当なの?初めて聞いたんだけど……。どうなのかな立花さん?」


 あっ、聞こえてないのかラッキー。疑っているだけなら対応も楽だな。


 僕に合わせてくれと遥香に目配せを送る。


「あっ、実は私たち付き合ってて……」

「……そうなんだ……。でも、こんな根暗隠キャより僕の方がいいと思わない?」


 根暗隠キャか……。腹が立つもそれは事実だから否定し難い。


「……随分と酷いことを言うわね」

「「えっ?」」


 今度は僕も声を上げてしまった。慌てて口を塞ぐ。


「彼のカッコいいところも知らずに、よくもまぁイケイケしゃあしゃあと」

「「……」」

「大体ね、あなたは蒼熾と面を向かわせて話したことがあるの?話してみれば分かると思うけど、蒼熾は他人のことを考えられる、私のことを一番に考えてくれる優しい人よ。何においても大事にしてくれるのも分かるし。それに比べてあなたは何?嫌だと言っているのにそれに追い縋る?あなたなんかより蒼熾の方が何倍も何十倍も魅力的に映るわよ」

「あっ、いや、その……」


 いつもあまり男子と話さない彼女の毒舌をくらい、羽原はしどろもどろになっていく。それに僕は追い討ちをかける。


「それにそもそも羽原、お前カノジョいるよな。それなのになんで他の女子に手を出そうとしてるんだ?」

「いや、別にこれは手を出すとかじゃなくて……」

「なんであろうと、あなたからのお誘いはお断りさせていただきます」

「うっ……まあ、それだったら……」


 僕たち二人の連携に屈して、ボソボソと呟きながら羽原は去っていった。


「ごめん、急に割り込んで。ちょっと見てられなかった」

「ううん。ありがとう……。ちょっと腕痛かったし。それでその……私と付き合ってるっていうのは……?」

「追い払うにはこれが一番早いと思ったから。噂になったりしたら根も葉もない嘘だって言っておくから安心してくれ」

「そう……」

「じゃあ、僕はここで昼ご飯食べるから」


 彼女に背を向けて屋上に設置してあるベンチに向かおうとすると


「待って!」

「なn!?」


 突然、僕の腕が掴まれ、頬に柔らかくて温かいものが当てられた。


「その、ありがと!」

「……別に大したことはしてない」


 いつもだったら特に何も思わないはずなのに、顔が熱くなるのがはっきりと分かった。なんでだ?最近はずっとこうだ。家じゃなくて学校でされたからか?いやでも前に彼女にされたときは……。


「ねぇ、蒼熾。一緒に昼ご飯食べない?」

「えっ?いやでも友達と食べるんじゃ……」

「それは方便。それに……私は蒼熾と食べたいな」


 駄目?と少し伏した媚びるような目。それは犯罪だと思う。そんな顔を向けられて断れる男がいるわけがないだろ。


「……分かった。ここで食べるならいいよ」


 屋上なら基本的に誰も来ることがないから僕たちの関係がバレることもない。


「ありがと!蒼熾。じゃあお昼ご飯持ってくるね」

「ああ、じゃあここで待ってる」


 彼女が少し熱を冷ましてからじゃないと顔を合わせられそうにないなと思いながら屋上で空を見上げていると、僕のスマホに彼女からメールが送られてきた。


『昨日の埋め合わせ、放課後、公園で』


 このあと、一緒に食べるからその時言えばいいのに毎回メールで送ってくるというところはしっかりとしている。


 昨日のおかげでバイトがないことは分かっているのでOKと短く打つと僕は梓のことを頭に思い浮かべた。


 さて、僕はどうするべきだろうか?梓に羽原が他の女子に手を出していたということを伝えるべきか……。まぁ、でも梓だしな……。余計な心配はさせるべきではないか。


 そんな風に呑気に考えていたがこの後事態が急変して、それが僕自身にも影響を及ぼすことになるということをこの時の僕はまだ知らなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る