第23話  私と好きな人と好きな人の好きな人と【立花遥香視点】

 それから一年ぶりに再会した彼は特に何も変わっていなかった。


 平均的な身長に無造作な髪の毛、でもそれでいて優しいことが一眼ではっきりと分かるあの目。


 私は転校した学校に彼がいるというこの偶然をまさに運命だと思った。


 だから私はあの日、蒼熾を屋上に呼び出したときと同じように蒼熾に紙を渡した。


 ただ放課後、いざ屋上に来た蒼熾を目の前にして私は臆病になった。また同じように告白をしようと思っても言葉が出てこなかった。……心のどこかでまた拒絶されるのを恐れる私がいた。


 そして、咄嗟に出てきたのは彼を家に誘う言葉。


 優しい彼は特に理由も聞かずに私に付いてきてくれた。家に着いてから今度こそと思ってもまた私の口からは思うように言葉が出てこない。


 出てくるのは彼に彼女がいるかどうかなどの彼の最近のことを尋ねる、私が彼と付き合う上での障壁を問う質問のみ。


 そこで、彼に好きな人がいるという話を聞いて私はショックを受けたが、片想いということがまだよかったと私は私に思い込ませてなんとかこの気持ちを堪えた。


 酷い話だとは思うけど、その時の私はその彼の恋が実らないことを願った。


 結果として私の願った通りになり、彼の好きな人は他の人と付き合いだし、傷心状態になったことにより出来た彼の心の穴に私はつけ込むことが出来た。


 彼が私のことを求めてくれるのは嬉しかったし、何より彼と体を重ねるたびに私は彼の暖かくて安心できる体を感じて、薬の中毒患者のようにもっと彼のことが欲しくなっていた。


 それこそ彼が私の元に戻ってきてくれるなら何でも出来るくらいに。


 このまま、ズルズルと私だけの———になってほしかった。


 また、他の男の人に呼び出された告白されるたびに世界にいる男の人が全員蒼熾だったらいいのにと思ったりもした。それだったら、幸せなのに。


 その後、彼と一緒に遊園地に行ったり、他の男の人に腕を掴まれて嫌だった私のことを助けてくれたり。


 また少しずつ彼との思い出を増やしていけて、全ては順調に進んでいた。


 蒼熾の好きな人が別れるまでは。


 そして、その彼の好きな人を彼が救ってしまったときまでは。


 同じだった。あの普段は見られない冷たいキレ方。そして、思いっきり抱きしめてくれたときに伝わってくるあの母なる地球よりも大きい優しさ。ただそれが向けられているのは私だけじゃないという違いがあった。


 その現場を見た翌日、私の心臓はずっと嫌な音を立てていた。二上さんは救ってくれた彼のことをどう思うのだろうか?もしかして、もう両想いになって付き合い始めたかも……そんな不安に駆られながらその日は布団に入ったせいか、結局ほとんど寝れずに、その翌日彼を家に呼んだ。


 それは結果として、蒼熾と二上さんの間に何もなかったことが分かった上で、あの日以来触れられなかったあの日についても話せて、何かわだかまりも溶けた気がして大成功だった。


 とにかく嬉しかった。これでまた蒼熾に一歩近づけたという気がして。



 彼が帰ってから大丈夫だった。良かった。改めてそう思ったのも束の間。翌日、蒼熾と一緒に学校にやってきた二上さんの顔はまさしく私が鏡を通して何度も毎日見てきた顔だった。


 二上さんは蒼熾のことを好き。そのことを理解した途端に私はいてもたってもいられなくなった。


 蒼熾が彼の友人である香坂くんと話し始めて、


「……それでさ、一緒に学校に来たのはそういうこと?」


 この会話が出てきたときにまた私の心臓は嫌な音を立てた。


「……そういうこととは?」

「いや、それはさ、お前が聖女様と付き」


 それ以上聞いたら駄目な気がした。というより怖かった。


 気付いたら私は行動を起こしていた。わざと大きな音を立てて、周りの注意を引いて立ち上がり蒼熾の元に向かう。


「そーし、おはよう」


 そして私は野生動物のマーキングのように、唇を彼の唇に重ねた。




———————————————


次回から主人公視点に戻ります

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