第29話 僕と彼女たちと小競り合いと②
それから梓が試着室から中々出てこず、まさか熱中症で倒れたんじゃ……と心配になり始めたところで梓が出てきた。
「……」
「おお……これはいいな……」
「……悔しいけど似合ってると思う」
遥香のことに気を取られすぎて僕が選んだ服を梓が着たらどんな感じになるかを予想出来ていなかった僕と遥香から漏れてしまった素直な感嘆を浴びるも少し彼女の顔は曇っている。
「そうですか……ありがとうございます」
「……梓? どうかした? ひょっとしてその服を着るのが嫌だったとか?」
少し元気のない梓を見て心配になり、僕はそう声をかけた。
「いや、そういう意味ではなく……、ただこの服自体は気に入ったので買おうと思います」
「よく分かんないけどそれなら良かった……?」
二人が会計を済ますとマップを見ながら彼女たちに尋ねる。
「それで次どうする?」
「蒼熾のコーディネートを」
「遥香がやりたいと言ったところで梓は別に乗り気じゃn」
「私も是非やりたいです」
「……」
期待を裏切られて僕は黙り込んでしまう。
「ごめん蒼熾、二上さん。ちょっとその前に一回お手洗い行ってきてもいい?」
「ああ、大丈夫だけど。僕はここで待ってるな。梓は大丈夫?」
「私も大丈夫です。蒼熾くんとここで待ってます」
「……うん、わかった。すぐ戻ってくるから」
彼女の姿が見えなくなると梓が少しモジモジしながら僕の耳元に口を寄せる。
「あの、蒼熾くん……」
「梓、どうかした?」
「その……寒くなっちゃって」
「ああ……」
ショッピングモールというだけあってかなり冷房が効いている。
「どうしよう……、温かいコーヒーでも買ってこようか?」
「いや、そうじゃなくて温めてもらえませんか?」
「ん? だからどうやって?」
「その……抱きしめてください……」
そう言い終わるや否や彼女は僕に抱きついてくる。
離すのも忍びないので、さっき元気がなかったのはそういうことだったのかと一人納得をしながら梓のことを抱きしめる。
「温かいです」
「……そうか」
「へー、二上さんそういうことするんだ」
ありがとうございますと言い、少し満足げな顔をして梓が僕から離れてから一分もしない内に梓が戻ってきた。
「お待たせ、蒼熾、二上さん」
僕にいきなり抱きついてくると、遥香は梓の方を一瞥する。
「ん? いきなりどうした? 遥香」
「ううん、別に」
梓を見ると少し悔しそうに唇を噛んでいた。
「それじゃあ移動しようっか」
「……ああ」
そしてその数分後、僕は遥香と梓の着せ替え人形になっていた。
遥香と梓の二人が代わる代わる僕の前に服を合わせては別の服を持ってきて合わせてくる。
そして良さそうだと思ったやつは僕に試着をしてもらうらしく、一旦籠に入れるのだがその量が既に僕が今までの人生で着てきた服の数を優に超えている……というのは嘘でもかなり多い。
その様子を見ているらしき周りのお客さんから浴びせられる困惑の視線と生暖かい視線が少し痛い。
「あの、僕はそんなに試着するんでしょうか?」
「なんで敬語なのかは分からないけど、多分そう」
「お店側の迷惑にもなるだろうし、ちょっと減らさない?」
「……まぁ、蒼熾が着たくないと思ったやつは着なくてもいいよ」
「流石にこのピンクのは遠慮したいな……」
「可愛いと思ったんだけどなぁ……」
「男に可愛いを求めるな」
その後、選定を終えた彼女たちに渡された服を片っ端から着ていった結果選ばれた二着を目の前に僕は究極の選択を迫られていた。
選ばれた二着はそれぞれ遥香が選んできたものと梓が選んできたもの。
「蒼熾くん、どっちがいいんですか?」
「蒼熾、どっちもはなしね」
「ええ……」
正直言ってどちらも甲乙つけがたいし、そもそもこれで片方を選ぶ勇気はない。
下手なことを言ってしまうと地雷を踏む気がしたので慎重に言葉を選ぶ。
「あの、お二方。僕はどちらも非常に気に入ってどちらも捨て難いのですが……両方という訳にはいかないでしょうか? どっちもセンスに溢れてるし、もう本当にいいなと思ったから」
端的に、思う限り最大の褒め言葉を使って、お願いする。
「……まぁ仕方ないかな、それだったらいいよ」
「私のも選んでくれるなら……」
なんでだろう。ただ服の着せ替え人形になってただけなのにすごく疲れた。
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