4-7 願いを叶えたら
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
拓人の心にクエスチョンマークが浮かぶ。でも、すぐに調の言わんとしていることに気付いてしまった。
エトワールは『流れ星の宇宙人』だ。
人の願いを叶えるためにやってきた、流れ星が擬人化した存在。願いを叶える対象にだけ姿を見ることができて、性別や容姿、性格などは願いによって変わる。
思えば、エトワールから『流れ星の宇宙人』についてそれ以上詳しく訊いたことはなかった。でも、彼女の口ぶりからするとエトワール以外にも『流れ星の宇宙人』はたくさんいて、今まで様々な願いを叶えてきたはずだ。
(でも、僕達は『流れ星の宇宙人』の存在すら知らなかった)
例え『流れ星の宇宙人』の存在が他言無用でも、絶対にその情報が外に漏れないということはないはずだ。
なのに拓人は知らなかった。それに、拓人だけの問題ではない。試しにワード検索をしたことがあるが、流れ星なら流れ星、宇宙人なら宇宙人に関する記事しか見当たらなかった。あとは流れ星や宇宙人をテーマにした漫画や小説くらいなものだろうか。エトワール達のことを指しているものは皆無だった。
「お兄ちゃん、私……。エトワールちゃんが来てくれて、凄く幸せなの。友達が欲しくて、お姉ちゃんみたいに引っ張ってくれる人が欲しくて、エトワールちゃんはどっちも叶えてくれた。家族との思い出と同じくらい、エトワールちゃんのこともずっと覚えていたいって思ってるの」
調の声が震える。
嫌だ嫌だと心が叫ぶ声が聞こえてくるようで、拓人はそっと下唇を噛む。しかし、考えてしまうほどに「その可能性」が浮き彫りになっていくのが現実だった。
「ねぇ、お兄ちゃん。八月三十一日に私が満足して成仏したら、きっとエトワールちゃんはすべての願いを叶えたってことになるよね。そしたら……」
――私達、エトワールちゃんのことを忘れちゃったり……しないよね。
ほとんど消え失せそうなほどに小さな声で、調は呟く。
ただただ、胸が苦しくて。気付けば拓人も「そんなのってないよ」と漏らしてしまった。実際のところはわからない。ただの思い込みかも知れない。
だけど、どうしても考えてしまう。嫌だ嫌だが加速してしまう。
「調、エトワールに確認しよう。そしたらきっとわかるよ。ただ単に、僕達の思い込みが激しいだけだったんだって」
「……うん、そうだよね」
自分の声も調の声も、どこかふわふわと宙に浮いている。
そこにあるのは、確かな胸騒ぎだけだった。
***
観覧車から降りた瞬間、夢から現実へと一気に戻ったような気分になる。
観覧車には両親とエトワール、結衣子と深月がそれぞれ乗っていたようだ。不安が渦巻く二人とは違って、皆が皆清々しい表情をしている。昨日も今日も有意義な時間を過ごすことができて、まだまだ楽しい夏が続いていく。そう思うと、皆の表情の理由もよくわかった。
「調ちゃん……?」
楽しい雰囲気の中、誰よりも早く異変に気付いたのはエトワールだった。調に駆け寄り、拓人の顔をチラ見して、また調を見る。
「拓人くんも元気がないようだけど、何かあったのかな?」
「…………」
エトワールに訊ねられても、調は咄嗟に言葉が出てこないようだった。
そりゃあそうだろう。拓人だって訊くのが怖い。怖くて怖くて、仕方がない。だから拓人も困ったように視線を彷徨わせてしまった。
「……もう、寂しくなってきちゃったのかな?」
囁くようにして、エトワールは問いかける。
声色も、エメラルドグリーンの瞳も、優しさに溢れていた。大丈夫だよと言いたいように、エトワールは調の髪を撫でる。その姿を両親と雨夜姉弟が心配そうに見つめていた。
あまりにも優しい空間で、拓人は一瞬躊躇ってしまう。この空間を壊したくない。一分一秒でも長く、楽しい思い出を作っていきたい。
だけど、自分と調の心にはとても大きな心配ごとが芽生えてしまった。その心を隠したまま楽しむことなど、きっと自分達にはできない。
だから、拓人は口を開いた。
「エトワール。一つだけ、訊きたいことがあるんだけど」
緊張からか、思った以上に尖った声が零れる。
ちらり、とエトワールがこちらを向いた。気のせいか。それとも拓人の緊張が伝わってしまったのか。エトワールは黙ったまま、まっすぐな視線を向けていた。
いつになく真面目な表情に見えてしまって、拓人の緊張は増していく。
「さっき、調と話してたんだよね。『流れ星の宇宙人』って不思議だなって。こんなにも人間と深く接しているのに、噂にすらならない。……それって、さ」
どうか、間違っていて欲しい。
そう願いながら、拓人は言葉を紡ぐ。
「エトワールがすべての願いを叶えたら、僕達がエトワールと過ごした日々を忘れちゃう……って訳じゃない、よね……?」
結果的に声が震えて、拓人は思わず俯く。
だから、すぐにはエトワールの反応がわからなかった。強いて言うならば、微かに息を吸う音が聞こえたくらいだろうか。
でも、それだけだ。酷く長い沈黙が襲って、やがて耐え切れなくなった拓人は意を決して顔を上げる。
「…………っ」
その瞬間、拓人自身も小さく息を吸った。それ以外、上手く反応することができなかった。
だって――エトワールが泣いている。
エメラルドグリーンの瞳から、キラリと光るものがぽろぽろと落ちていく。
まるで星のように光り輝く涙は、あまりにも浮世離れしていた。だけどとても綺麗で、だからこそ胸が抉られるような気分になる。
再び長い沈黙が訪れてから、エトワールは弱々しい声を漏らした。
「それは…………。それだけは、気付いて欲しくなかったよ」
――と。
その時のエトワールの表情があまりにも辛そうで。悲しそうで。寂しそうで。
拓人達にとって、心の奥底にこびり付いて離れない光景になっていた。
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