4-5 そういう存在

 その後、拓人達はパーク内にあるイタリアンレストランへと向かった。

 調とエトワールの姿は他人には見えないため、昼食は皆でシェアして食べることができるピザにしたのだ。しかし、アトラクションでもそうだったが調とエトワールの席は当然のようにない。二人がピザを食べる時だって、ピザだけが宙に浮いているように見えてしまうという問題もあった。


「お兄ちゃん。食べるからガードして!」

「こ、こんな感じ?」

「うん、大丈夫そう! うわわわ、チーズが伸びまくっちゃうよ」

「焦らなくて良いからね、調」

「わかってるー、でも美味しいー」


 ピザを一口食べるだけでこの大騒ぎである。いちいち大袈裟に隠そうとしてしまうため、逆に目立ってしまっていないか不安なくらいだ。

 一方で食い意地が張りまくっているエトワールは、ひそひそ食べなくてはいけないことにご不満な様子で、


「もっと食べたいんだが」


 と唇を尖らせていた。


「エトワールって、今までも人の願いを叶えてきたんだよね? 外食の経験ってなかったの?」

「いや、あるぞ。私が食べることが好きだと発覚すると、色んな場所に連れて行ってくれた。私が特に好きだったのはハンバーガーと、ハンバーグと、ステーキと、焼き肉と、とんかつと、からあげ……だな!」

「いや全部肉ぅ! まぁ、凄く納得はしちゃってるけどさ」


 食べ物の名前を挙げるだけでウキウキしているエトワールは、心の底から食いしん坊なのだろう。微笑ましく思っていると、拓人ははっとする。


「そんなに食いしん坊でも太らないのねぇ」

「あ、拓人くんのお母さん。エトワールさんにはそもそも太るっていう概念がないのだと思います。……それでも、羨ましいってことには変わりないけど」


 二つのギラギラとした視線がエトワールを突き刺す。星良も結衣子も普通に痩せている方だと思うのだが、色々と我慢していたりするのだろうか?


(まぁ、母さんはそりゃあ……そうか)


 結衣子はわからないが、元コスプレイヤーの星良はたくさんの苦労をしていたのかも知れない。ひっそりと顔を引きつらせる雪三郎を横目で見てから、拓人は静かに苦笑を浮かべるのであった。



 食事のあとはお待ちかねのお化け屋敷。

 予定通り三組に分かれることになり、星良は当然のように雪三郎とペアになった。問題はその他のメンバーだ。勇気を出して結衣子を誘うか、思い出作りのために調とエトワールを誘うか、あえて深月との仲を深めてみるか。

 しかし「せっかくなら男女ペアで」と言い出したのは自分だ。ここで深月を選ぶのは非常にヘタれた選択肢な気がする。


(ええい、ままよ……っ)


 と、拓人は意を決して結衣子を見つめる。

 しかし、拓人が口を開く前に動き出したのは調だった。


「み、深月さん! 良かったら、その……私、と…………」


 一歩、また一歩。

 ぷるぷると小鹿のように震えながら、調は精一杯の勇気を振り絞る。

 小さな両手をぎゅっと握り締めながら必死に深月を見つめる姿は、まさしく恋する乙女そのものだった。

 微笑ましく思いながら、拓人は調を後押しするように結衣子と視線を合わせる。


「結衣子さん。それからエトワールも。僕と一緒でも良いかな?」


 問いかけると、二人はすぐさま頷いてくれた。

 結衣子と二人きりではない時点でヘタれているかも知れないが、調と深月を二人きりにさせるためには仕方のないことなのだ。

 などと言い訳を浮かべつつ、拓人は二人の姿に注目する。


「俺と一緒で良い、のか?」

「う、うん。深月さんと一緒が良い……です」

「そっかぁ……。な、何か照れちまうな。そのぉ、デートみたいな感じもして……いや何でもねぇ口が滑った」


 瞬き多めに深月を見つめる調に、視線をきょろきょろさせながら思い切り動揺している深月。あまりにも初々しい二人の姿に、傍から見ているだけの拓人まで恥ずかしくなってくる。


「……迷惑じゃないですか?」

「ん、何がだ?」

「私は幽霊だから。……だから、その」


 幽霊に好意を寄せられたって仕方がない。デートをしても、本当にただの思い出にしかならない。――まるでそんなことを思っているかのように、調の表情が陰る。

 すると、


「それがどうしたんだ? 調ちゃんみたいな可愛い女の子と一緒にいられて嬉しくない男なんていねぇだろ。見てわからないか? 俺、今めっちゃ動揺してるぜ?」


 さも当然のことのように、深月は照れに照れた自分の顔を見せびらかしてくる。

 しかし、それでも調の表情は暗いままだ。


「なぁ、調ちゃん。調ちゃんの思い出作りの中に、俺もいて良いんだよな?」


 訊ねられると、調ははっと顔を上げる。

 ゆっくりと調が頷くのを確認すると、深月はニッと歯を見せながら笑った。


「すっげぇ嬉しい。遠慮なく緊張するし、舞い上がっちまうよ。……例えこれが単なる思い出になるんだとしても、俺は今この瞬間の感情を大事にしたいって思う。だから、その思い出作りに俺も協力させてくれねぇか?」


 ――何故だろう。


 どうしてか自分が泣きそうになってしまって、拓人は慌てて俯く。

 情けないし、少しくらいは深月に嫉妬する気持ちもあるのに、「それがどうした」と心が叫んだ。


「深月くん」


 ただ、彼の名前を呼ぶ。

 何も言わずに頷く深月の姿があまりにも頼もしくて、拓人の胸に温かさが満ちていく。深月とはまだ知り合ったばかりで、友達になったばかりだ。だけど、調の思い出の中にいて欲しいと当然のように願うことができる。


 自分の中で雨夜深月は、とっくにそういう存在になっていた。



 一番目に両親、二番目に調と深月、最後に拓人達がお化け屋敷へと入っていく。意外にも星良以外はホラー耐性があるようで、結衣子が時々ビクッと驚くくらいで基本的には淡々と進んでいった。


「拓人くん。さっきみたいに結衣子ちゃんの手を取ってあげたらどうかな?」

「ニヤニヤしながら言うのやめてくれる? あーっと、ごめん結衣子さん。エトワールが変なこと言って」

「ん」

「……へっ?」


 結衣子に手を差し出され、拓人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 お化け屋敷には不釣り合いな声が響き渡ってしまい、拓人は何とも言えない恥ずかしさに包まれる。


「さっきの深月と調ちゃんの姿を見て、あたしも頑張りたいって思ったから。……あたしは、あたしのしたいと思ったことをやる。もう、後悔したくないから」

「結衣子さん……」


 ブレない琥珀色の瞳を見つめていたら、先ほど感じた恥ずかしさはどこかへ吹き飛んでしまった。拓人は迷いなく結衣子の手を取り、覚悟を受け取ったと言わんばかりに力を込める。


「これは……。高校生カップルが誕生する瞬間を見てしまったということかっ?」

「いやいやいやいやちょっとやめてくれる? まだそういうんじゃないから!」

「……まだ?」

「あ、いや……まだっていうか、その……」


 結衣子に小声で訊ねられ、拓人は反射的に目を泳がせる。しかし、結衣子は今、勇気を出して行動に起こしてくれたのだ。

 完全に誤魔化してしまうほど、拓人も馬鹿ではない。


「僕はもっと、結衣子さんのことを知りたいって思ってる。だから、さ。迷惑じゃなかったら、この夏が終わっても……こうして会ったり、遊んだりしたいって思うんだ……けど、どうかな?」


 このセリフは果たしてお化け屋敷の中で放つ言葉だったのだろうか、とは確かに思った。だけど、調を想う気持ちとはまた違った感情を結衣子に抱いている。

 この夏が終わったあとのことを考えるのは辛いことだけど。

 でも、拓人の人生は続いていく訳で、自分の近くには結衣子と深月の姿があって欲しいと願っている。

 だから、


「あたしも、同じことを考えてた」


 繋いでいた手をぎゅっとしながら頷いてくれる。

 ただそれだけで、嬉しさが溢れて止まらなかった。


「でも、今は調ちゃんとの思い出を大切にしてくれれば良いから。あなたとも仲良くなりたいけど、調ちゃんとも仲良くなりたい。だからまずは、この夏を目一杯楽しみましょう」

「……そうだね。調のことを想ってくれて、ありがとう」

「あたしだって、調ちゃんとの思い出を作りたいもの。エトワールさん以外にも、友達がいたって良いでしょう?」


 結衣子が訊ねると、エトワールは何故か唇を尖らせる。

 どうやら意外にもエトワールは嫉妬深い性格のようだ。「私が調ちゃんの友達になりに来たんだけどなぁ」と呟きながらも、渋々頷いてくれた。


「ところで、普通に話しながら歩いちゃってるよね。僕達」

「まぁ、ここには私っていう未知なる存在もいるし、調ちゃんっていう本物の幽霊もいるからね。二人とも、驚き慣れてるんじゃないかな?」

「……うん、それは確かにありそうだよね」


 苦笑をしながらも、拓人はちらりと結衣子を横目で見る。

 割と平気そうに見えていた結衣子だが、手を繋いだことによってビクッとなる瞬間が如実に表れてしまっていた。


「何も言わないで。恥ずかしいから」

「あ……う、うん。わかったよ」


 あらぬ方を向きながら呟く結衣子に、拓人の胸は静かに高鳴っていく。

 お化け屋敷だというのに、別の意味でドキドキしてしまっているのは内緒の話た。

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