4-4 ライバルだらけ

 皆で深月の宿題を応援して何とか終わらせた翌日は、遊園地へと向かう。

 調はもちろんのこと、拓人にとっても初めての遊園地だった。インドア派だし、だいたい友達がいなかったから行くことがない――というのも理由ではある。でも、家族で行ったことすらないのは、やっぱり調に遠慮する気持ちがあったからだろう。


 思えば林間学校や修学旅行以外、どこかへ出かけるという経験をしてこなかった。思い返すと寂しい気もするが、今まで気にしたがなかったのだ。

 それが白縫家の当たり前だから、と心のどこかで思っていたから。

 でも、


「わぁ、見てお兄ちゃん! ジェットコースターとか観覧車とか……あっ、あれって空中ブランコってやつかなっ? テレビで観たことあるのばっかりだよ!」


 遊園地に着くや否やはしゃぎ始める調の姿を見て、拓人ははっとする。今までずっと、寂しいことを寂しいと感じることすらできなかった。

 だって、調がこんなにも瞳を輝かせることを知らなかったから。


「調は何から乗りたい?」

「んー、やっぱり絶叫系かなぁ。そのために動きやすい恰好にしたんだもん」


 言って、調は胸を張る。

 今日の調の服装はTシャツにショートパンツというシンプルな恰好だった。髪型はツインテールで、いつにも増して等身大な中学生というイメージがある。

 なんなら「活発」という言葉が似合うくらいで、拓人も内心嬉しくなってしまった。


「あ、でも夏と言えばお化け屋敷だよね」

「調、怖いのは平気だったっけ?」

「うん、私はね。……でも」


 どこか遠慮がちに、調はちらりと視線を逸らす。

 調が見つめる先には、明らかに苦笑を浮かべる星良の姿があった。


「いや、調のためだもの。私、頑張るわ……!」

「お母さん震えてるよ? お願いだから無理しないでね。…………ところで私が幽霊なのは大丈夫なの?」

「それは良いのよ。幽霊であることより、その幽霊が調だっていう事実の方が大事なの」


 くわっと目を見開きながら星良は言い放つ。

 そういえば、星良はホラー系が大の苦手なのだった。アニメや漫画でも、少しでもホラー要素を含むと避ける傾向にある。しかし推しの声優が出演しているアニメだと頑張って観ることがあり、「ひえぇ」と悲鳴を上げながら観ていることが多い。

 ちなみに推しはアーティスト活動もしている男性声優であり、雪三郎がひっそりと嫉妬していることを拓人は知っている。


「拓人、どうした?」

「あ、いや……まぁ、お化け屋敷に行くなら父さんが支えてやってよ。ほら、こういうのは男女ペアの方が盛り上がるでしょ? 父さんと母さんもデートしちゃえば良いよ」

「っ! ナイスだ拓人! さぁ母さん、今すぐ行こうじゃないか!」

「待ってお父さん……せめてジェットコースターに行ってからにしましょう……? 調もその方が良いわよね?」


 まだ何のアトラクションにも乗っていないのに疲弊した様子の星良に訊ねられ、調はコクコクと頷く。

 しかし何故か頬がほんのりと赤く染まっているように見えて、拓人は心の中にクエスチョンマークを浮かべる。両親のデートが恥ずかしいのだろうか。

 それとも。


(男女ペア……)


 何の気なしに漏らした「男女ペア」というワードが頭を駆け巡る。

 拓人としては普通に調と二人でお化け屋敷に入り、結衣子は弟の深月とペアで……という風に考えていた。しかし、結衣子は拓人にとって幼馴染で初恋の人。深月は調が「格好良い」と赤面しながら言った相手。

 つまるところ、


(ト……トリプルデート……っ?)


 と、いうことだ。

 拓人も自分の顔が熱くなるのを感じつつ、心の中で叫ぶ。


 今更になって、自分はなんて提案をしてしまったのだと思った。

 確かに拓人だって結衣子との距離を縮めたいし、調も深月のことが気になっているのだろう。きっと、ここで白縫兄妹と雨夜姉弟がペアになるという無難な選択肢にはならないはずだ。


「……あっ」


 すると、不満そうに目を細めるエトワールと目が合った。

 そうだ。男女ペアでは一人余ってしまう。調の友達としては、深月に調を取られたくはないのかも知れない。


「調ちゃん、ジェットコースターは私と隣同士になろう」

「う、うん。エトワールちゃん、何か怒ってる……?」

「周りは調ちゃんと思い出を作りたいライバルだらけだからね。ついつい燃えちゃうんだよ」

「私……もしかして皆にモテモテ?」

「ふふっ、その通りだよ」


 囁くように言いながら、エトワールは調の髪を撫でる。

 調は「えへへ」と微笑み、照れるように身体を縮こませた。二人だけの空気感が漂っていて、拓人は微笑ましい気持ちに包まれる。


 エトワールと出会ってから、皆に調の姿が見えるようになるまで。調とエトワールは二人きりの時間を過ごしていた。いったいどんな話をして、どんな風に仲を深めていったのだろうか。

 拓人にはわからないけれど、二人はすでに友達を飛び越えて姉妹のような雰囲気がある。出会ってからたった数日しか経っていないはずなのに、まるでずっと一緒にいたかのようで。


(楽しい時間は過ぎるのが早い、か)


 確かにその通りだ、と拓人は思ってしまう。

 調と過ごす夏はまだ始まったばかりだというのに、早くも寂しさが襲ってきてしまった。そんな自分が情けなくて、思わず苦笑を浮かべてしまう。


「拓人くん?」

「あぁ、ごめん結衣子さん。ちょっとぼーっとしちゃって」

「大丈夫。色々なことを考えちゃうってことくらい、あたしにもわかるから。……だからこそ、皆で楽しみましょう?」


 結衣子はきっと、「そんなに深く考えなくても大丈夫」と伝えてくれているのだろう。こっちだよと言わんばかりに手を差し伸べる結衣子の姿が眩しくて、目を逸らしそうになってしまう。

 でも、せっかく結衣子が手を差し伸べてくれているのだ。ここで手を引っ込めては男がすたるだろうと、拓人は勇気を出して結衣子の手を取る。


「おお……?」


 赤い。真っ赤だ。完全に赤面している。


 ――深月が。


「お、俺は一人で乗るから大丈夫だぜ! おおお、俺、二人のこと応援してっからよっ!」

「……ねぇ。ねえ……!」


 みなまで言うな、と突っ込みたいところだが、それすらもまともに言えないほどに恥ずかしい。とりあえず声を荒げてみせるものの、結衣子と手は繋いだままだ。振り解くのにも勇気がいるほど、二人はカチコチに固まってしまった。


 こうなったら、絶叫系のアトラクションで無理矢理緊張を解すしかない。

 そんな思惑のもとジェットコースターに臨むと、想像以上に拓人の三半規管を襲ってきた。そういえば、自分は驚くほどに運動神経がないのを思い出す。初めての絶叫系を素直に楽しめる余裕などなく、ただただ楽しそうな調について行くのに必死だった。


 その後もバイキング、空中ブランコ、フリーフォールと巡り、午前中は絶叫マシン祭りになってしまう。調とエトワール、深月は大はしゃぎ。両親と結衣子は「やれやれ」と言いながらも楽しそうな様子。


 そして、拓人はと言うと。


「おええええぇぇ……」


 完全に乗りもの酔いをしてしまっていた。

 むしろここまでよく耐えたものだ。別に我慢をしていたつもりはなかったのだが、「そろそろ昼食にするか」という雪三郎の声に安堵してしまったのだろう。


「拓人くん、大丈夫かい? こういう時はコーラを飲むと良いよ」

「いや、それはエトワールが日の光で酔った時の対処法でしょ。……そういうエトワールの方は平気そうだね」

「移動中はこれがあるからね。星良さんには感謝しているよ」


 言いながら、エトワールは手に持つもの――日傘を見つめる。

 エトワールのドレスの色と同じミッドナイトブルー。散りばめられた流れ星のデザイン。ゴシックな雰囲気のあるレースの生地。まるでエトワールのためにあるような日傘は、星良の手作りだった。


「調と友達になってくれてありがとう」


 と、星良が今朝プレゼントしてくれたもので、エトワールは家の中でさえも大事そうに手に持っていた。


「本当によく似合ってるわ。流石は私ね」


 誇らしげに頷く星良の姿はまるで職人のようだ。

 思わず笑ってしまうのは、決して「自分で自分を褒めなくても」と突っ込みたいからではない。むしろその逆だ。願いを叶えに来たエトワールと、日の光で酔ってしまうエトワールに日傘を作ってプレゼントする星良。それぞれが大事な人のために、自分にできることをしている。

 その事実が無性に嬉しくて仕方がなかった。

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