4-6 初めての感情
本日ラストは観覧車だ。
「お兄ちゃん、一緒に乗ろうよ」
今回も調の取り合いになるかと思いきや、意外にも調は拓人を誘ってきた。
当然のように、
「え……私じゃ、ないのか……?」
と寂しがるエトワールだったが、調は「ごめんね」と弱々しい笑みを浮かべる。
(調……?)
気のせいか、調の元気がないように見えた。
今日が終わってしまうのが寂しいからなのだろうか? 一週間は想像以上にあっという間で、一日が終わる度に胸が痛くなる。夕陽に照らされて橙色に染まる観覧車は、楽しさと切なさを同時に感じさせていた。
「それで、お兄ちゃんの方はどんな感じだったの?」
「……え?」
しかし、調の第一声はあまりにも予想外のものだった。
変に身構えていたせいで拓人は間抜けな声を返してしまう。
「もう、結衣子さんとのことだよ。エトワールちゃんもいたけど、一緒にお化け屋敷に入ったのは変わらないよね。……で、何かあった?」
「調、何か妙に興味津々だね」
さっき元気がないように感じたのは、本当にただの気のせいだったのかも知れない。そう感じてしまうほどに、調はノリノリな様子だった。
「だって、お兄ちゃんと恋バナできる日が来るとは思わなかったから」
「いや、普通は兄妹で恋バナはしないような気がするけど」
「…………」
「あ、うんごめん。そういう問題じゃなかったね」
無言で睨み付けてくる調に、拓人は申し訳ないと思いながらもへらへらと笑い返してしまう。
思えば、調と二人きりはなるのは随分と久しぶりのような気がした。流れ星に願ったあの日が最後だっただろうか。
幽霊になってからの調は、たくさんの大切な人に囲まれている。友達が欲しいという願いも、家族の幸せも、とっくに叶ってしまったと感じられるくらいに。
幽霊として再会してからずっと、調はキラキラと輝いている。
「調には素直に話しておきたいから、言うよ」
眩しいくらいの瞳を必死に見つめながら、拓人は言葉を零す。
結衣子は初恋の人で、片えくぼを覗かせた明るい笑顔に惹かれていた。クールな性格になった今でも、その笑顔を見る度に胸がドキリとする。心根が優しいのは幼い頃から変わらなくて、気付けば彼女のことを目で追っていて――。
「その……今もまた、恋に落ちてるんだよね。だから、いつかは想いを伝えられたらって。そう思ってるよ」
自分はいったい、妹に向かって何を言っているのだろう。
冷静に考えると恥ずかしさでどうにかなりそうだ。だけど、調が真面目な顔でこちらを見てくれているから。
目を逸らすことなんてできなかった。
「へー、ほーん。お兄ちゃんが結衣子さんをねぇ……」
「な、何だよ。調が恋バナしたいっていうのから真剣に話したのに」
「ふふっ、ごめんごめん。ありがとうね、お兄ちゃん」
言って、調は微笑む。
茜色に染まった頬と、一瞬だけ伏せられた視線。両手をぎゅっと握り締めてから、やがて調は覚悟を固めたように拓人を見た。
「私もね、好きな人ができたんだよ!」
「知ってるよ。深月くんでしょ」
「へへ、やっぱりバレバレかぁ。……うん、そうだよ。家族じゃなくて、友達でもない。私、生まれて初めて恋っていう感情を知ることができたんだ」
「…………そっか」
頷く声が掠れる。
ただ、嬉しかった。深月と出会っていなかったら。雨夜姉弟が願いごとをしていなかったら。エトワールが願いを叶えに来てくれなかったら。
調は、一人の女の子としての感情を抱くことすらできなかったから。
「深月さんはね、すっごく優しいの。私の好きなことをたくさん聞いてくれて、深月さんの好きなこともたくさん教えてくれて……。逆にお化け屋敷の幽霊役の人が怖がって出てこないくらいだったの」
「あぁ……。確かに、傍から見ると一人で誰かに話しかけてるっていう怖い状況だもんね……」
「うん、だから全然怖くなかったよー」
言いながら、調は両頬に手を押し当てる。先ほどのお化け屋敷を思い出しているのか、一人で照れている様子だ。
「でも、ね」
しかし、調の眉はすぐにシュンとしてしまう。
どうしたのだろう、と思うことはなかった。だって、恋は始まりに過ぎない。告白したり、付き合ったり、普通だったらこれから先に様々なことが待っている。
だけど、調にはもう時間がなくて。
「調、後悔だけはしちゃ駄目だって思う。もっとたくさんわがままになったって良いんだ。僕だって深月くんとは知り合ったばかりだけど、でも……僕にはわかる。遠慮して欲しくないって、彼は思ってくれているはずだよ」
「……うん、そうだよね。ありがとう、お兄ちゃん」
頷きながらも、調はどこか上の空のような声を漏らす。
その姿にはほんの僅かな違和感があった。外の景色を眺める瞳は確かな不安色に染まっている。だけど、恋の色とは少し違うような気がした。
「一週間って、想像以上に短そうだよね」
「ね。ビックリしちゃう。もう二日目が終わっちゃうんだなぁって思うよ」
「きっと、ここから先も目まぐるしく過ぎていくんだと思う。だから、こうして調とゆっくり話せるのは今だけなのかも知れない。皆、調のことが大好きだからね」
「えへへ、そうかなぁ」
嬉しそうに微笑みながらも、調は視線を下に逸らす。もしかしたら、調はまだ何かを隠しているのかも知れない。そんな予感がして、拓人は小さく深呼吸をした。
「調」
「ん、なぁに? 改まっちゃって。恋の話はもう終わったよ?」
「そうじゃなくて。何か……他に言いたいことがあるんじゃない?」
ピクリ、と調の眉が動く。
すぐに苦い顔になり、ややあって諦めたようなため息を吐いた。
「お兄ちゃんには全部お見通しなんだなぁ」
「……まぁ、僕はただのシスコンだからね」
「そんな自虐的に言わなくたって良いよ。お兄ちゃんも、お父さんも、お母さんも、たくさんの愛をくれるの。こんなにも幸せなことがあるんだってビックリするくらいにね」
自信満々に言って、調はウインクを放ってみせる。
しかし、本人は気付いていないのか両目を瞑ってしまっていた。
「それはエトワールの真似?」
「そうだよ。完璧だったでしょ?」
「……うん。可愛さは完璧だったよ」
「なーんか引っかかる言い方だなぁ。…………でも、そうなの。私が言いたいこと、エトワールちゃんのことなんだ」
「エトワールの……?」
恋の話ではないから深月以外のことだということはなんとなくわかっていたし、エトワールの話である可能性は高いと思っていた。
しかし、いざエトワールの名前を挙げられると「いったい何のことだろう?」と首を傾げてしまう。
さっきの恋の話と同じように、エトワールともずっと友達でいられないから怯えているのだろうか。でも、そしたら家族ともずっと一緒にいられないのも寂しいことだ。
結局は、様々な別れを恐れているのかも知れない。
――と、思っていたのだが。
「エトワールちゃんとの日々って、ちゃんと私達の心に刻まれるのかな」
調の口から飛び出したのは、まったく予想もしていなかったことだった。
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