5-6 眩しい景色

 八月三十日。


 今日は海水浴場リベンジの日。

 星良は衣装の仕上げがあるらしく、だったら今度は中高生(+エトワール)だけで遊んで来い、と雪三郎が提案してくれた。

 結衣子とは二回目の海。しかしあの時は写真を撮っただけで海に入ることはなかった。でも、今回は違う。


「あっ、お兄ちゃん……と、深月さん! ま、待った……かな?」


 水着に着替えて女性陣を待っていると、まずは調が手を振ってやって来る。

 髪をツインのおだんごにした調は、ドット柄の青いワンピースタイプの水着に身を包んでいた。スクール水着姿すら見たことがなかったため、拓人は兄として気恥ずかしくなってしまう。


「か……かかっ……」


 上手く感想が言えずにいると、隣に立つ深月の様子がおかしいことに気付く。

 拓人と同じように視線を合わせられずにいる――と思っていたが、むしろその逆だった。

 どこか興奮気味に、カッと目を見開いている。


「か、可愛い……っ!」


 やがて深月の口から放たれたのは、馬鹿正直な感想だった。

 左手で拓人の肩をバシバシと叩き、右手でグッドサインを作る深月。

 清々しいほどの満面の笑みで調を褒め称える彼の姿に、拓人は唖然とするどころか感心してしまう。


「そ、そうかな?」

「そうだよ。っていうか、調ちゃんはもっと自分に自信を持つべきだな! いつものパジャマ姿でさえ可愛さがカンストしてんのに、水着とおだんご頭だぜ? 反則にもほどがあるだろっ」

「もう、深月さんは褒めすぎだよぉ」


 でも、ありがとうね。……と、調は顔を真っ赤にさせながら囁く。

 声が小さすぎて深月には聞こえない――なんてことはなく、深月もまた照れたように「おう」と囁いた。


「つーか、拓人も中性的な格好良さがあるし、白縫兄妹ってただの美男美女だよな」

「いやいや、それは君達姉弟に言われたくないよ」


 栗色のパーマがかったショートヘアーに、華奢な身体付き。ほんのりと焼けた肌に、長いまつ毛。深月と接すれば接するほどに、容姿とのギャップに驚いてしまう。

 そして姉の結衣子も、昔の可愛らしさとは違った魅力があって――。


「あ」


 目が合う。

 噂をすれば何とやら。遅れてやってきた彼女は、ポニーテールにした髪を揺らしながら駆け足でやってきた。その隣で、いつも通りのドレスに身を包むエトワールが得意げな表情を浮かべている。

 でも、エトワールがそんな表情になってしまう理由はすぐにわかってしまった。


「……お待たせ」


 すぐに目を逸らしながらも片手を上げる結衣子。

 白いビキニに水色のパレオを巻く彼女の姿は、まるでマーメイドのような眩しさがあった。ウエストが引き締まっているからこそ目立ってしまう胸元。いつもよりアクティブな印象のある髪型。健康的な肌から覗く朱色の感情。

 きゅっと握り締める両手からは、確かな緊張感が漂っていた。


「ごめんなさい」

「……え?」

「あまりにも恥ずかしくて、身動きが取れそうにない……から」


 言って、結衣子は申し訳なさそうに俯く。

 ここで拓人が結衣子の水着姿を褒めてしまったら、結衣子の恥ずかしさは加速してしまうだろうか? だったら何も言わずに、愛想笑いを浮かべているべきだろうか?


(いやいやいや、そんなのただの言い訳だ)


 心の中で、拓人はブンブンと首を横に振る。

 ここは深月を見習って、素直な気持ちをぶつけるべきだと思った。拓人は小さく息を吸い、しっかりと結衣子を見据える。


「結衣子さん!」

「へっ? あ……な、何?」

「その…………すっごく良いと思うからっ!」


 謎に両手を広げて大袈裟なアピールをしながら、拓人は必死になって感想を伝える。

 その時、拓人はまったく気付いてなかった。

 自分の言動がどんなに変態めいているかということに。


「……何で」

「え……っと?」


 心なしか、結衣子の視線が鋭くなったような気がする。

 拓人には囁かれた「何で」の意味がわからず、首を傾げてしまった。


「何で浴衣の時よりも露骨にテンションが高いの……? 結局、男の子ってそういうことなの……?」


 結衣子の顔に、ドン引きの文字が浮かび上がっている。

 その瞬間、拓人の鼓動は嫌な意味で激しくなった。


「えっ? いや誤解だよ結衣子さん! 僕はただ……」


 深月を見習おうとして――と言いかけて、拓人は口を閉ざす。ここで深月の名前を出すのは最低極まりないし、だいたい結衣子は深月が調をべた褒めしているところを見ていない。


 それに、結衣子の言う「男の子ってそういうこと」も、完全に否定できる訳ではないのだ。実際問題、いつもより露出度の多い結衣子の姿にはドキドキしてしまう。浴衣とはまた違った意味での胸の高鳴りも確かに存在しているのだ。


「ふふっ」


 すると、何故か結衣子は唐突に笑い出した。

 意味がわからなくて、拓人の頭の中にはクエスチョンマークが浮かびまくる。


「ごめんね、拓人くん。最初は驚いて睨み付けちゃったけど、本当はちゃんとわかってるから」

「……って言うと?」

「ああ、拓人くんの方がわかってなかったか。…………あなたが優しい人だってこと。緊張で動けない私を気遣って、わざとテンションを上げて褒めてくれたんでしょ?」

「それ、は……」


 確かにその通りだ。

 自分のやりたかったことを的確に言い当てられてしまうと、逆にこちらが恥ずかしくなってきてしまう。

 拓人が小さく頷くと、結衣子はまた「ふふっ」と笑った。


「ありがとう、拓人くん。でも、緊張してる暇なんてないと思うから。……皆で楽しみましょう?」


 言って、結衣子は手を伸ばす。

 その笑顔には片えくぼが浮かび上がっていて、拓人は静かに嬉しく思っていた。



 浮き輪でぷかぷかと海に浮かんだり、海の家で焼きそばやカレーライスを食べたり、スイカ割りをしたり、フリスビーで遊んでみたり、本気で砂のお城を作ってみたり……。

 何もかもが新鮮で、楽しくて、あっという間に日は沈んでいく。

 今日が終わったら、もう――残りは一日しかなくて。でも、今日は今日として楽しみたくて。

 名残惜しくも茜色に染まる空。疲れなんて言葉が存在しないような、はじける調の笑顔。それを包み込むような、皆の笑顔。

 全部が全部、眩しくてたまらなかった。

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