3-5 僕らが家族でいられる理由
「きっと、笑顔でいた方が調も安心するから。だからそれで良いんだって思う。……ごめん、深月くん。これは深月くんのためのパーティーだけど、本当は……両親を元気付けたいって思ってたんだ」
横目で深月の様子を窺うと、まるで「わかってるよ」とでも言いたいような優しい瞳をしていた。隣で、結衣子も温かく見守ってくれている。
雨夜姉弟といい、両親といい、エトワールといい。
自分は周りの人達に恵まれている。
だからこそ拓人は、本音を伝えなければという気持ちになってしまっていた。
「僕は、父さんと母さんの優しさに甘えてばかりだから。……だから、今日は何でも言ってよ。我慢なんてしなくて良いからさ。僕をもっと頼ってくれても……」
伝えようと思った言葉が、虚空へ消えていく。
これが調のためだから。両親のためだから。
その気持ちがただの思い込みであるように。両親の望みではないように。
「拓人」
拓人の名前を呼ぶ両親の声がいつになく冷たかった。
いや、違う。冷たいのではない。決して突き放すような凍てついたものではないのだ。ただ、はっきりと伝わってきてしまう。
拓人の「それで良いんだよ」を否定する、両親の姿が。
「違うのよ、拓人。……そういうことじゃ、ないの」
まず口を開いたのは星良だった。
いつものおっとりとした優しい笑顔はどこへやら。すっかり下がってしまった眉に、弱々しい声色。調を亡くしてから、そんな表情をまったく見たことがない訳ではなかった。
だけど、いつになく胸がざわついてしまって、拓人も上手く反応ができない。
「拓人。父さん達の願いはな。……『家族皆が幸せでいられますように』なんだ」
「…………え」
さらりと告げられる両親の願い。
それはあまりにも単純で、拓人にとっても大切な願いだった。『家族皆』にはきっと、調も含まれているのだろう。でも、だったら、どうやって。
家族皆で、幸せになれるのだろう。
「ねぇ、拓人。ちゃんとわかってる?」
「……わかってるって、言われても」
調はもう、と心の中で叫んでしまう。
すると何故か、両親は酷く悲しそうな顔をした。
「あなたはきっと、凄く考えていると思う。今から調を幸せにするにはどうしたら良いだろう。両親を元気付けるにはどうしたら良いだろうって」
まっすぐこちらを見つめながら、星良は「でも」と言葉を続ける。
「家族皆に、ちゃんとあなたの姿はあるの?」
はっきりと、心が震えるのがわかった。
調の願いを叶えるために動いていた自分の姿と、両親を元気付けたいと思うばかりに突っ走る自分の心。
拓人の思う『家族のため』とは、調と雪三郎と星良のことだ。
自分の周りの人が笑顔でいられたらそれで良い。幸せならば、それで良い。
だけど、そんな一方通行な想いは逆に家族を傷付けてしまうのだと。
たった今、拓人は知ってしまった。
「俺は……俺達はな、きっと……気を遣ってばかりで悲しむ余裕すらなかったんだと思うんだよ。…………もう、良いんじゃないか。我慢しなくても。頑張ろうとしなくても。無理に笑ってる俺達の姿を見ても、調は喜ばないんじゃないかな」
囁くように、雪三郎が言葉を零す。
いつもポジティブでおどけた態度を取ることが多い父親が。調を亡くしてからも笑顔を振りまいていた父親が。今は弱々しく震えた声を漏らしている。
「私達は、ちゃんと調のことを悲しんであげられなかったと思うの。悲しいと思わなければ、私達の心の中で調はずっと生き続ける。……そんなの、ただの現実逃避なのにね」
下手くそな笑顔を浮かべながら、星良は小さく呟く。
いつも明るくて、おっとりしていて、好きなことにまっすぐで……。そんな母親が、悲しみに暮れた顔を晒している。
ボロボロになってしまった心を、両親は隠しもせずに拓人に見せてくれている。本当だった目を逸らしたくなるほどに辛い光景なはずなのに。
何故か、胸がほんのりと温かくなる。
ああ、そういうことだったのかと拓人は思う。
悲しい時は悲しいと言っても良い。辛い時は辛いと言っても良い。楽しいことばかりではない感情を共有できるからこそ、自分達は家族でいられるのだ。
「少年」
すると、向かい側の席に座っていたはずのエトワールに肩をポンと叩かれる。
いつの間にか隣に立っていたことに気付かないくらい、拓人は両親だけを見つめていたのだろう。何だか恥ずかしくてなって、拓人は苦笑を浮かべる。
きっと、雨夜姉弟も気まずく思っているだろう。
慌てて「変なところを見せちゃってごめん」と弁解しようとする拓人だったが、声を出すことはできなかった。
「…………っ」
エトワールのエメラルドグリーンの瞳が、じっとこちらを向いている。
吸い込まれるままに見つめ返すと、世界は暗転した。『幻想』だと気付くと同時に、驚いたように目を瞬かせる両親と目が合う。
戸惑っているというよりも、「なるほどこれが」とでも言いたいように小刻みに頷いていて、拓人はほっと胸を撫で下ろしていた。
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