3-4 シラユキ。先生

 記念にと結衣子達がテーブルに並べられた料理の写真を撮ってから、パーティーの幕が上がる。よほどお腹を減らしてきてくれたのか、用意した料理はみるみるうちになくなっていった。

 話題はもっぱら深月の趣味や夢について。

 驚いたのは、深月と好きなアニメがかなり被っていたことだった。深月がアニメオタクであることは知っていたが、こちらは父親が漫画家、母親が元コスプレイヤーのオタク一家だ。拓人も調とともに影響を受けまくっていて、なかなか話の合う人はいなかった。だから嬉しくてたまらなくて、拓人は思わず深月の手を取ってブンブンと振ってしまう。

 しかし、当の深月は心ここにあらずの状態だった。


「今、なんて……?」

「父さんが漫画家で、母さんが元コスプレイヤーってところ?」

「何それすげぇじゃん……やべぇじゃん……。姉ちゃんから聞いたけど、拓人は小説書いてるんだろ? つまりは未来のラノベ作家ってことじゃん……マジやべぇ」

「変にハードル上げるのやめてくれないかな?」


 いや確かにラノベ作家にはなりたいけど、と心の中で思いながら、拓人はジト目を深月に向ける。しかし深月はまだ「父は漫画家、母は元コスプレイヤー」という部分に驚いているだけだ。

 本当の意味でビックリするのはここからだ、とでも言うように拓人はテーブルの下に隠していた一冊の漫画を取り出す。


「へ?」

「初めまして、深月くん。『新貝さんは抗いたい』の『シラユキ。』です。よろしく」

「……ほぇっ?」


 同時に雪三郎があいさつをすると、深月は口をポカンと開いて固まってしまう。

 先ほどまでの「すげぇじゃん」「やべぇじゃん」モードとは大違いで、拓人はそっとニマニマしてしまった。


「拓人。俺、こんなにもピュアな反応されたの初めてだよ。彼、ちょっと抱き締めても良い?」

「父さん。それはかなり気持ち悪いと思うよ」

「おぅふ」


 深月の反応が嬉しいのはわかる。年甲斐もなくはしゃぎたくなるのもわかる。

 しかし息子にとっては非常に微妙な気持ちでいっぱいだ。三白眼で背も高くて威圧感に溢れた容姿をしているのに、口を開けばこの残念感である。


「待ってお父さん。抱き締められるのは私の役よ?」

「母さん。母さん。お願いだから入り込んで来ないで。深月くんがどうしたら良いのかわからなくなっちゃうから」

「だってほら、ジェラシーが……ねぇ?」

「わかった。わかったから。そういうのは二人きりの時でお願い。今はパーティーだから」


 不服そうに顎に人差し指を当てる星良を必死になだめながら、拓人は深月に苦笑を向ける。深月はさぞかし困っているだろう。

 と思っていたのだが、そうでもなかった。


 拓人が取り出した『新貝さんは抗いたい』の一巻を見つめ、雪三郎を見つめ、また一巻を見つめ……。

 まるで何かを伝えたいかのように、二つを交互に見つめていた。


「深月くん」

「少年。しーっ」

「……?」


 きっと深月は、『シラユキ。』先生のサインが欲しいのだろうと思った。

 だいたいサイン入りの漫画をプレゼントするために新品の一巻を用意したのだ。だから「サインが欲しいの?」と聞こうとしたのだが、エトワールに止められてしまった。人差し指を口元に当てるエトワールに、拓人は一瞬だけ頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。

 しかし、その意図はすぐに理解することができた。


「あ……あのっ、『シラユキ。』先生! 俺、ずっと『シラユキ。』先生の描く漫画が好きで……。きっかけは『新貝さんは抗いたい』のアニメからだったんですが、そこから原作を買って、他の作品も読むようになって、一気にファンになったんです」


 一生懸命に雪三郎――『シラユキ。』先生を見つめながら、深月はファンとしての想いを告白する。

 アニメがきっかけであることを包み隠さず話す姿はまさしくピュアで、息子である自分でさえも嬉しくなってしまうような輝きを放っていた。


「そうか、それは嬉しいな。深月くんは息子とも仲良くしてくれているみたいで、ありがとう」

「い、いやそんな……! むしろ俺ら姉弟が世話になりまくりっていうか……っ」

「そんなに謙遜しなくて良いんだよ。ところで深月くん、『新貝さんは抗いたい』の中で好きなキャラクターはいるかな?」

「へっ? ええと、それは……やっぱりメインヒロインの新貝さんですかね」


 狼狽しきりの深月に、完全に漫画家『シラユキ。』モードになった雪三郎は漫画の見返しのページにサインと新貝さんのイラストを描き始める。

 さらさらと筆を走らせる雪三郎はどこか楽しげで、思わず拓人も深月と一緒になってじっと見つめてしまった。


「はい、どうぞ。拓人から読者だって話は聞いていてね。サイン本がグランプリのお祝いになったらと思ったんだけど、迷惑じゃないかな?」

「いやいやいやそんな全然! ありがたくいただきます!」


 元気良く返事をしながらも、深月の瞳は心なしか潤んでいた。微笑ましくて思いながら、拓人の視線は何故か雪三郎と星良に向かっていく。


 雪三郎は、久しぶりにファンを目の前にしているからか生き生きとしていた。

 父親として、いつも家族に対してポジティブに接してくれる雪三郎。

 だけど今は心から嬉しそうな様子で、息子としてもほっとするような気持ちに包まれている。


 星良は、最近ずっとエトワールの衣装作りに集中しているイメージだ。

 きっと、好きなことをしている間は気が紛れるのだろう。今だって、漫画家として輝く雪三郎の姿をうっとりと見つめて、嬉しそうに微笑んでいる。



「それで良いんだよ」



 ぽつり、と。

 無意識のうちに言葉が零れ落ちる。


 両親がはっとしたようにこちらを向き、エトワールが何かを感じ取ったように眉根を寄せた。ピタリと時間が止まってしまったような感覚を不思議に思っているのは、きっと雨夜姉弟だけだろう。


 だって、もう。

 言葉は止まりそうになかったから。

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