第二章 とある姉弟の願い
2-1 姉と弟
ここはおしゃれなカフェな何かなのだろうか?
そう錯覚してしまうほどのモダンなリビングに案内され、結衣子は三人分のコーヒーを出してくれた。
今更ではあるが、彼女はちゃんとエトワールの姿を認識しているらしい。
「おぉ、美味しいなこれは」
と、あいさつよりも先にコーヒーを飲み、お茶請けのクッキーに手を伸ばすエトワール。そんな彼女の姿を、結衣子は明らかに困惑しながら見つめていた。
「その……色々と聞きたいことはあるんだけど。まず、この人は……?」
「そ、そうだよね。ええと、話すと長くなるんだけど」
唐突に拓人が訪ねてきたこと以上に、エトワールの存在の違和感が何よりも大きなものだろう。拓人は「どこから話したものか」と頭を巡らせてから話し始める。
時々エトワールにバトンタッチしながら、拓人はエトワールと出会った時から三組の願いについてまで結衣子に伝えた。話の流れ上、調が亡くなってしまったことも伝えなければならなくて、拓人は弱々しい笑みを浮かべてしまう。
でも、結衣子な真剣な顔で話を聞いてくれていた。
普通だったら突っ込みどころ満載なのに、受け入れてくれるだけでありがたい。
と、思っていたのだが。
「ごめん。どこからどこまでが本当の話なの……?」
すべてを話し終えたあと、結衣子に渋い顔で訊ねられてしまった。
そりゃあそうだ。星型のUFOだの、『流れ星の宇宙人』だの、願いを叶えにやってきただの。非日常的なことのオンパレードで、すんなり信じてしまう方がおかしいことなのかも知れない。
「でも、結衣……子さんは、ペルセウス座流星群を見たんだよね?」
「それは……まぁ、確かにお願いはしたけど」
まだまだ腑に落ちない様子ではあるものの、結衣子は頷いてみせる。
すると、「ちょいちょい」とエトワールが結衣子に手招きをした。訝しげな表情で結衣子が近付くと、エトワールはそっと結衣子に耳打ちをする。
「…………っ!」
すると、結衣子は明らかに動揺したように目を見開く。
「どうしてそれを」
「だから言っただろう? 私はキミ達姉弟の願いも受け取ったのだと」
言いながら、エトワールは得意げにウインクを飛ばす。
どうでも良い話だが、エトワールがウインクをする時は必ず左目を閉じている……ような気がする。左目には星型のほくろがあり、まるで星が瞬いているかのようだ。
(まぁ、単に可愛いって思ってるだけだけど)
心の中で本音を漏らしながら、拓人は苦笑を浮かべる。
何はともあれ、エトワールがウインクを放つということは自信満々ということだ。その理由は、拓人も何となくわかる。
――私は、調ちゃんの願いと、キミの『調の願いが叶いますように』という想いを受け取った。だから、ここに来たんだ。
エトワールにそう告げられた時、拓人の夢は現実になった。
流れ星への願いごとを言い当てられてしまったら、「信じられない」とは言い切れなくなってしまうのだ。多分きっと、結衣子も同じような思いに駆られているのかも知れない。だからこんなにも、瞳が不安定に揺れてしまっているのだろう。
「……あ」
しかし、結衣子はすぐに背筋を伸ばす。
玄関から音がする。きっと誰かが帰って来たのだろう。
「ご両親かな?」
「いや、両親は夜まで仕事なので」
「ほほう」
このタイミングで、両親ではない家族が帰って来た。
いったい誰が――なんて答えは明白で、エトワールも「ちょうど良い」と言わんばかりに口角をつり上げる。
「あ、姉ちゃんここにいたのか。ただい…………まっ?」
姉を見て、拓人を見て、エトワールを見て。
一人の少年は目を剥き、大口を開き、ピタリと動きを止める。
彼の第一印象は、「あぁ、弟だ」だった。
パーマがかった栗色のショートヘアーに、適度に焼けた肌。長いまつ毛が特徴的な整った顔立ち。少し背は低めだし、服装もTシャツにジーンズというラフな恰好なのに、それが気にならないくらいのオーラに溢れていた。
「…………はへっ?」
拓人とエトワールを交互に指差しながら、彼は瞳を瞬かせる。
少々大袈裟な反応な気もするが、姉が見知らぬ男性を家に招いている上にエトワールというよくわからない存在もいるのだ。驚くのも無理はないと思う。
「ね、姉ちゃん」
「……
姉弟の視線が交わる。
どうやら、弟の名前は深月というらしい。深月は容姿のクールな印象とは正反対の興奮気味な視線を向けている。
しかし、
「そこにいる恋人らしき人と、コスプレのお姉さんはいったい……?」
「その前に手を洗ってきて」
「あ、はい」
結衣子の冷静さには深月も敵わないようで、そそくさと部屋を出ていくのであった。
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