5-2 服と音楽
「そうだな。一緒に描こうな、調……っ!」
「うぎゅううぅぅ、苦しいよお父さん! 傍から見ると自分で自分を抱き締めてる変なおじさんになっちゃうよ?」
「そんなの気にするな、調! そんなことよりお父さん、調におじさんって言われた方がショックだよ」
調を抱き締めながら喜びを露わにする雪三郎。調も調で、不服そうに唇を尖らせながらも密かに瞳を潤ませていた。
なんて微笑ましい親子の姿なのだろうと思う。しかし、その隣でうずうずしている星良がいることに拓人は気付いていた。
「母さん」
「な、なぁに?」
珍しく、星良の声が裏返る。
声をかけられるのを待っていた感が丸出しで、拓人は思わず笑ってしまった。
「あのさ、母さんにも頼みたいことがあるんだけど」
「私にできることなんて料理かコスプレくらいだけど……」
「あぁうん、合ってるよ。母さんってさ、エトワールのコスプレ作ってたよね?」
「八月三十一日までに一人で仕上げるのは無理よ?」
「あ……。う、うん。まぁ……そうだよね」
星良には『とある姉弟の願い』『とある夫婦の願い』『調と拓人の願い』を叶えに来てくれたエトワールの姿を、その時の衣装として残して欲しいと思っていた。
しかし、なんとなくわかっていたことだが、コスプレ衣装作りは想像以上に時間のかかるものらしい。
つまりは、八月三十一日までに衣装を作るのは無理があるということだ。
「拓人。そんなに落ち込まないの」
「……そうだよね。三十一日を過ぎたって、衣装を作ることはできる。これがエトワールの衣装だってことは思い出せなくなるけど、『星の妖精』ってことにすれば……」
「ふふっ」
焦ったような拓人の言葉を止めたのは、星良の笑い声だった。
思わず拓人は「えっ?」という間抜けな声を心の中で零す。だって、星良があまりにも堂々とした笑みを浮かべていたから。
ここにいるのはただの主婦としての星良ではない。
コスプレイヤーとしての血を滾らせる、『セラたん先生』としての星良だった。
「私を誰だと思っているの? 現役時代は『セラたん』、今は『セラたん先生』。今もたくさんのレイヤーの子達と交流があるし、たくさん衣装作りを手伝っているの。つまりは私に貸しがある子だらけってことね」
「か、母さんっ? 言いたいことはわかるけど、何か言い方が……」
「もう、冗談よ。でも、私は色んな人達の力を借りることができるの。そうでもして間に合わせたいことだって思うから」
言って、星良はじっと拓人を見つめる。
いつにも増して頼もしい瑠璃色の瞳があって、気付けば自然と頷き返していた。
「ありがとう、母さん」
「私は私のできることをやるだけよ。……なんて格好付けたこと言ってるけど、単に好きなことをやるだけなのよぉ。だって、エトワールちゃんの衣装、見れば見るほどに素敵なんだもの」
自分の頬に手を当てながら、星良はうっとりとエトワールを見つめる。
エトワールは相変わらず戸惑いを隠せない様子で、星良に向ける笑顔もぎこちなさが残っていた。
調のために過ごす夏が、徐々に形を変えていく。調の友達になるためにやってきたエトワールにとっては、意味のわからないことの連続なのかも知れない。
でも、きっと――いや、絶対に。
皆の心は一つだった。
「なぁ、俺は何ができるかな? やっぱり、音楽的な何かか?」
「深月くんは…………ちょっとだけ、無茶振りしても良いかな?」
「お、何だ何だ? 何でもどんとこいだぜ!」
「作曲……とか、できたりする?」
自分の胸にこぶしを当てる深月に、拓人は恐る恐る訊ねる。
拓人にとって深月は音楽の天才だ。音楽が好きで、アニメが好きで、音楽でアニメの世界に関わりたいと思っていて――。明確にはどういう形を想像しているのかはわからない。でも、なんとなくボーカルではないと思うのだ。
音楽を作ることに興味があるのかも知れない。
そう思って拓人は訊ねてみたのだが、
「さ……作曲……っ!」
まさか、ここまで深月のテンションが上がるとは思ってもみなかった。
くわっと見開く瞳はまるで「本当に良いのかぁっ?」と訴えかけているようで、拓人は面食らってしまう。
「俺、今一番興味があるのが作曲なんだよ! だからまぁ、つまりはまだちゃんと作ったことはないんだけど…………でも」
一瞬だけ、深月は自信なさげに苦笑を漏らす。
しかし、エトワールを見つめるや否や、すぐに満面の笑みになった。
「エトワールに贈る曲が初めての作曲になるってことだろ? それって最高じゃん」
本当に、なんて眩しい笑顔なのだろうと思った。
きっと深月にとってもエトワールの存在は大きなものだったのだろう。ピアノのコンクールでグランプリを獲って、結衣子との間にあったもやもやも解けて、自分の本当にやりたかったことにも踏み出せた。
エトワールは決して白縫家のためだけに来た訳ではないのだ。そんな当たり前のことに、拓人は今更はっとしてしまう。
「流れ星とか、友達とか、優しさとか……食いしん坊とか! そういうのをイメージした曲を作れば良いってことだろ?」
「う、うん。食いしん坊を曲に表すのは難しそうだけど……。確かにエトワールの重要なところだよね」
言いながら、拓人はエトワールを見つめて小さく微笑んでみせる。
エトワールは口を開こうとしない。でも肩をすくめる動作はしていて、ちょっとずつこの状況を受け入れようとしているように見えた。
「とりあえず、僕もなるべく早く小説を仕上げるよ。エトワールの曲じゃなくて、あくまで小説の曲ってことにしなくちゃいけないからさ」
「あぁ、そうだな。……あー、でもその辺は上手いことすり合わせていこうぜ。俺も初めての作曲だから、どれくらい時間がかかるかわかんねぇんだよな」
「それもそうだね。連絡取り合っていこう」
「おう」
力強く頷きながら、深月はこぶしを突き出してくる。自然な動作でこぶしをぶつけ合うと、何とも言えない高揚感が胸を駆け巡った。握手ではない。ハイタッチでもない。男同士の小っ恥ずかしい友情の形。
今までの自分にはこんなことができる間柄の存在はいなかった。
だから、恥ずかしいだけじゃなくてこんなにも嬉しく感じてしまうのだろう。
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