第五章 僕達の願い
5-1 今からでもできること
躊躇いながらも、エトワールは真実を話してくれた。
エトワールはすべての願いを叶えたら自分達の星へと帰る――つまりは、拓人達の前から姿を消してしまうこと。
願いを叶えて姿を消したら、拓人達の『エトワールと過ごした記憶』だけが失われてしまうこと。でも、エトワールだけはずっと覚えているということ。
それが、『流れ星の宇宙人』が世間に知られていない何よりの証拠だった。
「だからこれは、仕方のない話なんだよ」
拓人達に語りかけながら、エトワールは悲しい笑みを零す。
仕方のない話……? と拓人は心の中で首を捻る。そんな訳がない。仕方がないとか、そんな簡単な言葉で片付けられる問題ではない。
これはとてつもなく悲しいことだ。
だけど同時に、どうしようもないことだとも感じてしまう。
途方に暮れて、エトワールの顔を見ていられなくて、俯いて、無意識に下唇を噛んで――。
くらくらするほどに心が揺さぶられる。
辛いだとか、悲しいだとか。そんな当たり前の感情が、まるで警報のように頭の中に鳴り響いていた。
辛いことも悲しいことも、全部わかっている。
だけど――どうしたら良いかなんてわからなかった。
エトワールと過ごした日々はまだまだ短いものだけど。でも、「感謝」の一言では表し切れないくらい、拓人達の人生を変えてくれた。
家族の心配ばかりで、自分の気持ちに正直になれなかった。そんな自分を変えてくれるきっかけを与えてくれたこと。
家族皆で悲しむことができたこと。
結衣子という初恋の人と再会できたこと。
深月というかけがえのない友達ができたこと。
そして――調の友達になってくれたこと。
一つ一つが大切で、眩しくて、自分一人では成し得なかったことだった。
エトワールが願いを叶えに来てくれなかったら、拓人は今でも自分の殻に閉じこもったままだっただろう。家族とも本当の意味で打ち解けられなかったし、雨夜姉弟と接することもなかった。
幽霊になった調の姿を見ることだって、叶わなかったと思う。
だから、
「仕方ないとか、言わないでよ」
拓人はやっとの思いで言葉を振り絞る。
エトワールには感謝することばかりだ。だから、どうにかしてその気持ちを形にしたいと思った。無駄なことかも知れない。意味のないことなのかも知れない。
だけど拓人は、自分にできることをやってみたいと思った。
「エトワール。僕は……エトワールとの思い出を形に残したいって思うんだ」
「……え?」
思ってもみない提案だったのか、エトワールは珍しく目を大きく開いて唖然としてみせた。間抜けとも言えてしまう表情に、拓人は思わずふふっと笑ってしまう。
(あ……)
ふと、拓人は気付く。
あんなにも辛かったはずなのに、いつの間にか笑う余裕ができていた。
エトワールが消えたら、自分達はエトワールのことを忘れてしまう。その事実はショックだし、悲しくてたまらない。
だけど、拓人は思うのだ。
次は自分達の番なのではないか、と。
「いやいや、いったい何を言ってるんだい、少年?」
「動揺しすぎて久々に『少年』って言っちゃってるね」
「う……。いやでも思い出を形に残すって……。過去に手紙とか日記に書いて残そうとしてくれた人はいたよ。でも、私の名前や『流れ星の宇宙人』とかの直接的なワードはNGなんだよ。私が消えると同時に、そのワード自体も消えてしまうんだ」
だから無理なんだよ、と言わんばかりにエトワールは息を吐く。
しかし、拓人はすぐに言い返した。
「じゃあ、それがフィクションっていう体だとしたら?」
「フィ、フィクション……?」
瞳をぱちくりさせながら、エトワールは聞き返す。
自分でも意味のわからない提案をしようとしていることはわかっている。でも、拓人の心にはどうしてもやりたいという気持ちが溢れていた。
エトワール自体のことや、『流れ星の宇宙人』のことを残すことはできない。だったら、他にできることをやれば良いではないか、と拓人は思った。
実際にどういう人だったかは思い出せない。だけど、自分達には確かに大切な存在が傍にいた。ただ、そう思えるだけで良い。
「結衣子さんには少し話したけど、僕……小説を書くのが趣味でさ。だから、僕はエトワールと過ごした日々をもとに小説を書くよ」
「いきなり何を言っているんだ、しょうね……拓人くんは! フィクションっていう体でも私の名前や『流れ星の宇宙人』の名前を出すのはNGなんだよ?」
「名前は出さないから大丈夫だよ。『星の妖精』くらいならセーフかな?」
「いやまぁそれは……セーフだとは思うけども」
「よし、じゃあ決定だね」
動揺を隠せないエトワールを置いてきぼりにする形で、拓人はどんどん話を進めていく。これはただの自己満足なのかも知れない。自分だって「いったい何をしようとしているんだろう」と呆れてしまう気持ちもある。
果たして、こんなことがエトワールのためになるのか。
わからない。わからないけれど、動きたい。
だから拓人は笑うのだ。
「それで、俺はその小説の挿絵を描けば良いって訳だな」
「うん。話が早くて助かるよ、父さん。でもそれだけじゃないんだ」
誰よりも早く賛同してくれた雪三郎に感謝しつつも、拓人はそっと調を見つめる。ほんの一瞬だけ、調は不思議そうに小首を傾げた。
「……っ!」
しかし、その瞳はすぐに光で満ち溢れる。
拓人を見て、雪三郎を見て、調は「はっ」と小さな吐息を漏らした。
「私も…………お父さんと一緒に描いて、良いの?」
恐る恐るといった様子で、調は訊ねる。
『私、絵を描くのが大好きなんだ。……だからね、私もいつか……もっと色んな人に絵を見せられたら良いなって』
ふと、『幻想』でも見た光景が思い浮かぶ。
両親の結婚記念日にイラストをプレゼントした日のこと。初めて自分の絵を家族に見せて、絵を描くのが大好きなのだと告白してくれた。
「私ね、もう……たくさんの人に自分の絵を見てもらうのは叶わないの。でも、私、やってみたい。大好きなお父さんと一緒に、大好きなエトワールちゃんのために。絵を、届けてみたい!」
調の夢は、もう叶えられない。
だけど、叶えられないことの裏側には「今からでもできること」が山ほどあった。調の揺れる瞳がピタリと止まった瞬間、エトワールと雪三郎がはっと息を呑む。傍から見ているだけなのに、はっきりとわかってしまうのだ。
嬉しいだけでは言い表せないほどに、心が震える瞬間なのだと。
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