3-2 愉快なお姉さん

「少年、ちょっと良いかい?」

「え? ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしててさ。帰ろうか」

「いや、そうじゃないんだよ。話したいことがあってね」

「それって…………次の願いのこと?」


 いつにも増して真面目な表情をするエトワールに、拓人は恐る恐る訊ねる。

 エトワールは迷いなく頷き、ちょいちょいと手招きをしてきた。


「あー……。まぁ、良いけどさ」


 館内の喫茶店を指差すエトワールに、拓人は半分呆れながらも頷く。

 何が目当てなのかと思ったらソフトクリームとさくらんぼが乗ったクリームソーダだった。昭和レトロな雰囲気があって、度々ブームが訪れる飲み物という印象がある。拓人も久しく飲んでいなかったため、釣られて注文してしまった。


「見ろ少年! このメロンソーダの鮮やかな緑、ソフトクリームの白、さくらんぼの赤という対比を。綺麗な上に美味しいなんて最高じゃないか」

「前々から思ってたけど、エトワールってかなりの食いしん坊だよね?」


 ホットサンド三つの時点で察してたけど、と拓人は心の中で付け足す。


「まぁ、私も人間の願いを叶える時しか地上にいられないからね。知らない料理があったら食べたいと思うのは当たり前の感情だろう?」

「そんなドヤ顔で言われてもなぁ」

「ところで早速本題に入ろうじゃないか。次はキミの両親の願いだね」

「いきなりの本題すぎるよねっ? ちょうどシリアスなテンションが吹き飛んでたところだったんだけど?」


 思わず大声で突っ込んでしまい、拓人は慌てて両手で口を塞ぐ。

 エトワールの姿は拓人にしか見えていないのだから、このままでは一人で騒いでいる人になってしまうのだ。

 拓人はわざとらしく咳払いをし、エトワールをジト目で見つめる。するとエトワールは、何とも言えない弱々しい笑みを浮かべた。


「……エトワール?」

「すまないね。キミも何となくは察していると思うが、次の願いは少々複雑なんだよ」


 エトワールのエメラルドグリーンの瞳が拓人の心に突き刺さる。

 咄嗟に言葉は出てこなかった。目の前にクリームソーダがあるにもかかわらず、何故か水を一口飲んでしまう。「あれ、甘くない」と飲んでから気付いてしまうほどには頭が回っていなかった。

 いや、むしろ考えることから逃げている、と言った方が良いだろうか。


「昨晩、雪三郎さんと星良さんと話をしたんだよ。どうやって二人の願いを叶えようってね」

「その……願いっていうのは」


 やっとの思いで拓人は訊ねる。

 しかし、返ってくるのはいつもの得意げな笑みではなかった。


「それは私から言うより本人達の口で伝えた方が良いと思うから」

「……それじゃあ、僕にできることって」

「協力して欲しいと言っておきながら申し訳ないんだが、少し待っていて欲しいんだ。きっとキミ達家族にはまだまだ時間が必要だと思うし、キミだって結衣子ちゃんと再会できて、深月くんと出会えた。私の協力ばかりに気を取られなくても良いんだよ。たまには羽を伸ばすべきだと思う」


 優しすぎるエトワールの声が、拓人の感情をごちゃごちゃにしていく。

 両親の願いに触れることは、確かに怖いことだった。雨夜姉弟の願いを叶えた時、嬉しい気持ちとともに溢れたのは微かな不安で。今、エトワールから両親の願いの話になったらますます胸がキュッと痛んだ。


 だから、少し待っていて欲しいと言われた時、拓人はちょっとだけほっとしてしまった。考えすぎなくて良いのだと思うと、気が楽になってくる。


 だけど。


(調……)


 調のために頑張っている自分は、いったいどこに行ってしまうのだろう?


 今の拓人を動かしている希望は、調の願いを叶えることだ。

 そこから目を逸らしてしまったら、果たして自分は自分でいられるのだろうか。無理に笑うことすらできなくなって、自分の殻に閉じこもってしまうのではないか。


 調の願いも、両親の願いも、まだわからない。

 でも、もしも「調が長生きできますように」といった類の願いだったら。どうしたって、拓人には叶えることはできない。


「わかったよ、エトワール」


 小さく囁き、拓人はぎこちなく微笑む。

 拓人には調を生き返らせることはできない。

 それでも、両親を元気付けることはできるから。


「さっき結衣子さんに話したんだ。深月くんのこと、また今度改めてお祝いしたいって」


 拓人の言葉に、エトワールは「ほう?」と口角をつり上げる。

 ようやくシリアスな空気が薄れた気がして、拓人はほっと息を吐く。


「だからまた今度、僕の家でパーティーでも開こうかなって思うんだ。深月くんも結衣子さんも、父さんも母さんも、エトワールの姿が見える訳だからさ。エトワールも気兼ねなく参加できるって思ってさ」

「おお……っ! そのパーティーっていうのは、料理もたくさん出てくるのかっ?」

「うん、まぁ。パーティーとか初めてだからわからないけど。僕が振る舞ってみようかなって」

「少年は料理ができるのか!」

「母さんほどではないけどね。人並みにはって感じだよ」


 急にテンションが上がるエトワールに苦笑しながらも、拓人の心は少しずつ晴れつつあった。

 両親にはいつも気を遣わせてばかりで、拓人だって両親を元気付けたいと思っている。もちろん深月を祝うためのパーティーではあるけれど、もう一つの目的として少しでも両親をリラックスさせられたらと思っていた。


「良かったよ」

「……え?」

「さっきから、何か思い悩んでいそうな表情をしていたからね」


 得意げな顔で囁かれ、拓人は気付かれていたのかとはっとする。

 本当に、エトワールは不思議な存在だと思った。

 お姉さんっぽいと思ったら子供っぽい部分もあったり、おどけていると思ったら急に真面目になったり。ころころと表情を変えるけど、人の表情の変化には誰よりも敏感で。


 ただ単に『流れ星の宇宙人』の一言では表し切れないほど、愉快な存在だと拓人は思った。

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