1-2 最後の試練

 それから、エトワールは『流れ星の宇宙人』について軽く説明をしてくれた。


 簡単に『流れ星の宇宙人』を説明すると、「人の願いを叶えるためにやってきた、流れ星が擬人化した存在」なのだという。

 しかし、何でもかんでも願いを叶えられる訳ではない。

 流れ星への願いごとの内容が『まったく同じ二人』の願いを叶えにくる。拓人のような「その人の願いが叶いますように」という願いも、想いの強さによっては同じ願いというカウントされるらしい。

 願いを叶える人数は様々だが、今回エトワールは三組の願いを抱えているという。


 願いは魔法で叶える訳ではなく、『幻想』によって導く。

 本人の記憶に強く残っている思い出や、「今こういう行動をすれば未来はこうなる」といった可能性など、映像として本人に見せること。それが『幻想』だ。


 願いを叶える道を探すのが目的であり、例えば「優勝できますように」といった具体的な願いは叶えられない場合もある。しかし、願った本人の気持ちを変えることで、勝利へと導くことはできるということだ。


「うーん、あと何か言ってないことは……。あ、そうだ。私達『流れ星の宇宙人』の姿は願いを叶える対象者にしか見えないよ。あと、そのUFOもね」

「えっ……ということは、つまり」

「そう、少年は夜中に自宅の庭で独り言を呟いている人、ということになるね」

「あ……ああぁ……」


 ウインクをしながら明るく言い放つエトワールに、拓人は思わず頭を抱える。

 言葉にされると相当やばい人だ。

 そういうことはもっと早く言って欲しかった……と言いたいところだが、混乱している最中に言われても理解できなかったことだろう。拓人はそっと目を閉じ、「傍から見たらやばい人に見えるかも知れない問題」を忘れることにした。


「あの、ええと」


 とりあえず、話を逸らそうと思った。

 しかし咄嗟に浮かんだのは「調の願いは何だったんですか」だった。でも、そんな重要なことをさらりと聞いて良いものかどうかわからない。

 拓人は口をもごもごさせた挙句、


「エトワール……は、何歳くらいなんですか?」


 という、女性に訊くのは何とも失礼な問いかけをしてしまった。

 慌てて「何でもないです」と言おうとする拓人だったが、エトワールは何でもないことのように言い放つ。


「いや、そういうのはないよ」

「へっ?」

「願った人に合わせて容姿や性格、それに性別なんかも変わっちゃうんだよ。今回は願いの対象者の学生さん率が高いから、ちょっとだけ年上の十八歳くらいっていうイメージなんだ。どう? お姉さん感出てるかな?」


 言って、エトワールはまたウインクをしてくる。

 確かにさっきから自然と敬語になってしまうし、エトワールの言うお姉さん感は出ているだろう。

 だからこそウインクに照れてしまい、ついつい視線を逸らしてしまうのだが。


「おやおや。少年、もしかして照れているのかな?」

「照れてないですやめてください」

「つり目で中性的で、どこか近寄りがたい印象がある儚げボーイなのに、意外と可愛いところもあるんだね?」

「勝手に僕のことを分析しないでください。確かに近寄りがたいとはよく言われますけど」


 でもこれはつり目で怖がられるのが原因で、決して人見知りのせいじゃないから。……などと心の中で言い訳を浮かべながら、拓人は目を伏せる。


「わかったわかった。お姉さんが悪かったよ。だからそんなに不貞腐れないで。ね?」

「べ、別に不貞腐れてないですけど」

「そうかい? まぁ、キミがそう言うなら…………冗談は、このくらいにしようかな」

「っ!」


 思わず、拓人は息を呑む。

 ついさっきまでエトワールにからかわれていたはずなのに、空気がガラリと変わったような気がした。

 エトワールのまっすぐな視線が、拓人の心に突き刺さる。


「少年。私は、キミ達以外にも二組の願いを抱えていると言ったね」

「……はい。調の願いを優先することはできない、ということですか」

「まぁ、それはそうなんだけどね」


 でも、そういうことではない。

 ……とでも言いたいように、エトワールの浮かべる微笑は温かかった。拓人が疑問に思う間もなく、エトワールは言葉を続ける。


「私は、『とある姉弟の願い』と、『とある夫婦の願い』と、そして……キミと調ちゃんの願いを叶えるためにやってきたんだ」

「とあるきょうだいと、夫婦……」

「姉弟っていうのは、姉と弟の姉弟のことだね」

「……なるほど、その姉弟」


 顎に手を当てながら、拓人は小さく呟く。

 姉弟に何か心当たりがないか考えたものの、残念ながら拓人は学校でも一人ぼっちで友達がいない。心当たりなんてあるはずがなかった。


(って、僕は何を考えているんだ)


 まるでエトワールに協力したいと考えているようなおのれの思考に、拓人は自分自身で驚いてしまう。むしろ願いを叶えてもらう側の人間なのに、どうしてこんなことを考えてしまったのだろう。


「少年、単刀直入に言うよ」


 しかし、拓人は気付いてしまった。

 何でとかどうしてとか、そんな曖昧な思考はただの言い訳でしかないことに。



「私に協力してくれたら、調ちゃんの願いが何だったのかを教えよう」



 ずっと、拓人の心に引っかかっていたもの。

 それは――調の願いが何だったのか、だった。


 一週間前。

 調と一緒にペルセウス座流星群を見たあの日。

 両手を合わせて必死にお祈りをしていた調の姿が目に浮かぶ。調が本当に望んでいたことは、いったい何だったのか。ただ生きたいと思っていたのか、それとも……。


「エトワール」


 ほとんど無意識のうちに、拓人はエトワールの名前を呟く。

 不思議と声は弾んだ。だって、仕方がないではないか。

 これは、調のためにできる最後の試練なのだ。自分はまだ、妹のために頑張ることができる。こんなに嬉しいことはなくて、だんだんと鼓動も高鳴っていった。



「僕はあなたに協力します。……したい、です」



 本当はもっと格好付けたいところなのに、胸の鼓動が邪魔をして声が震えてしまう。格好悪いったらありゃしなくて、拓人は心の中で苦笑を浮かべる。


「よろしく、少年」


 エトワールは再び手を伸ばしてくる。

 拓人は躊躇いなくその手を取った。

 やっぱり冷たい。だけど、もう怖くはない。


 繋いだ手と手から伝わるのは、今まで感じたことのない希望だったのだから。

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