2-3 純真無垢な攻撃
ガッツポーズをしながら、右頬の片えくぼが見えるくらいに眩しい笑みを浮かべる結衣子。するとみるみるうちに拓人の頬は赤くなっていき、「うん、頑張ってみる」と頷いてみせた。
完全なるデレデレ状態であり、恥ずかしくて目を逸らしたくなる。でも、結衣子の応援にはそれくらいの力があると今でも思ってしまった。
「…………あっ」
しかし、拓人は気付いてしまう。
この映像を恥ずかしいと感じてしまうのは拓人だけではなくて、雨夜姉弟も同じだということを。
結衣子は目を伏せ、深月も気まずそうに視線をあらぬ方へ向けている。そりゃあそうだろう。結衣子はもちろんのこと、あんなにテンションが高かった深月も今は居心地が悪いに違いない。
だいたい、この映像を心から楽しんでいるのはエトワールだけなのだろうと思った。
「エトワール、そろそろ……」
『決めた! 僕、大きくなったら結衣ちゃんと結婚する!』
「ああああああああっ」
――何を言ってるんだ昔の僕はああああっ!
拓人は頭を抱え、空中で転げ回った。
純真無垢な拓人(幼稚園児)の発言が頭の中をぐるぐると回り、拓人(高校二年生)の心を集中攻撃してくる。
辛い。辛いったらありゃしない。
ここにはそれなりに大きくなった拓人と結衣子がいて、弟の深月もいて、興味津々なエトワールまでいる。考えれば考えるほどに地獄だ。
『ホントっ? 結衣子もたっくんと結婚したい!』
『帰ったらお父さんとお母さんに言おうね!』
――お願いだから言わないで!
『うん、約束だよ?』
――約束しないでぇ!
という拓人の心の叫びも虚しく、幼い拓人と結衣子は指切りを始めてしまう。
拓人も結衣子も満面の笑みだ。楽しそうで何よりです。
「だからもう、勘弁して……」
心がボロボロになってしまった拓人は、最後の力を振り絞ってエトワールに訴える。エトワールは腕組みをして悩むような素振りをみせた。
「こんなにも楽しそうなのに?」
「それは他人ごとだから言えることなんだよ……」
「でも、昔の結衣子ちゃんも可愛いだろう?」
「そ、それはまぁ…………じゃなくて! 本当にもうやめてくれる?」
ため息とともに言い放つと、エトワールはようやくやれやれという態度を見せてくれた。やれやれじゃないよという気持ちになりながらも、拓人は黙って『幻想』が終わるのを待つ。
幼稚園の光景が徐々に漆黒に染まっていき、拓人は自然と目を閉じる。
いつしか浮遊感もなくなり、椅子に座っている感覚が戻ってきた。
「あ……」
ゆっくりと目を開けると、やはりここは雨夜家のリビングルームだ。先ほどまで空中を漂っていたため、普通に座っているのが逆に不思議な感覚になる。
時刻は午前十時四十五分。『幻想』を見る前から時計の針は動いていない。
どうやら『幻想』を見ている間、現実の時間は止まっているようだ。
「少年、結衣子ちゃん、深月くん。今のが『幻想』というものだよ。わかってくれたかな?」
「いやもう、充分すぎるほどわかったよ。ありがとう。本当は『現実の時間は止まってるんだね』とか色々突っ込みたいところだけど、それどころじゃないほど頭の中がぐちゃぐちゃだよ」
「ほう?」
「いや、ほう? じゃなくて。何を興味津々な顔してるのさ」
「まぁまぁ、良いではないか。ちなみに今の『幻想』は、少年の心に強く残っている思い出の記憶を見せた感じだよ」
「……うん。わかったから。改まってそういう風に言わないで」
ずっと気にしないようにしていたが、さっきから顔が熱くて仕方がない。真っ赤になってないか不安になりながらも、拓人は静かに突っ込みを入れる。
「とにかく、そろそろ本題に入ろうよ。今回は雨夜姉弟の願いを叶えるんでしょ?」
「……っ」
これ以上ダメージを負う訳にはいかないと、拓人はさっさと本題に入ろうとする。すると、何故か結衣子がビクリと反応した。
「結衣子さん?」
「あの、あたし……」
声をかけると、結衣子は恐る恐るといった様子で顔を上げる。
その表情には、ありありと「困惑」の文字が浮かび上がっていた。
「ごめんなさい」
か細い声を漏らしながら、結衣子は席を立ち、逃げるようにして部屋から出ていってしまった。
ポカンと口を開けながら、拓人はまず深月の姿を見る。
エトワールの存在にあんなにもテンションを上げていた彼だったが、今は眉がハの字になってしまっている。
「…………少し、調子に乗りすぎてしまったようだね。願いを叶える側の存在なのに、本当に面目ない。……お姉さんには申し訳ないことをしたね。すまない」
拓人が何か言う前に、エトワールが深月に頭を下げる。
いつも自信満々な彼女にしては珍しい言動だと思った。
「幼い頃の彼女の姿を見せれば何か刺激になるかと思ったんだが、逆効果だったようだね」
言って、エトワールは弱々しい笑みを見せる。
拓人が唖然として動けない代わりに、深月が首を横に振ってみせた。
「いや、大丈夫ですよ。姉ちゃん、普通に照れてただけだと思います。っていうか、誰だってあんなの見せられたら恥ずか死ぬに決まってますし」
「そうか。ところで深月くんも敬語じゃなくて大丈夫だぞ。私は皆で願いを叶えに来たんだ。対等な立場でいたいからね」
エトワールは優しい声色で言い放ち、ウインクをしてみせる。一瞬だけ「うおっ」と狼狽えてから、深月は頷く。
「そういうことなら……わかったよ。よろしくな、エトワール。……と、ええっと。姉ちゃんの幼馴染ってことは、先輩ですよね。俺、今高一なんですけど」
「まぁそうだけど、ここは気にせずタメ口で良いよ。呼び方も、白縫でも拓人でもどっちでも良いから」
「わかった。じゃあ拓人で、よろしく!」
言って、深月は無邪気に微笑む。
見た目は二枚目だけど、くしゃっと笑うところは幼い頃の結衣子そっくりだ。
後輩の男子と仲良くするなんて初めてのことだが、緊張以上に嬉しい気持ちが湧き上がる。
ただ、再会した結衣子には「白縫くん」と呼ばれてしまったことを思い出し、何となく寂しく思ってしまう拓人がいた。
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