幻想のエトワール

傘木咲華

プロローグ

プロローグ

 ある夏の日のこと。


 その日はペルセウス座流星群が観測されると言われていた。

 彼――白縫しらぬい拓人たくとも幼い頃に一度だけ流れ星は見たことがあるし、高校生になった今も「せっかくだから見てみるか」くらいの気持ちになる。

 でも、


 ――お兄ちゃん。私……流れ星、見たいな。


 妹の調しらべにそんなことを言われたら、せっかくだからとか何だとか、中途半端な気持ちは一気に消え失せてしまった。

 もしかしたら、これが最後の思い出になってしまうかも知れない。

 ……なんてことを、当たり前のように思ってしまう自分がいた。

 いつだって、どんな時だって、微かな不安が脳裏をよぎってしまう。そんな不安を拭うように、拓人は妹の願いを叶えたいと思うのだ。


 だからその日の夜、拓人は調を病室から連れ出した。


 看護師にも許可は取ってあるし、向かう場所も病院の屋上庭園だ。だけど、ずっとベッドの上で過ごしていた調にとっては久々の大冒険だった。

 瞳はキラキラ、顔はテカテカ。

 夜で表情も見えづらいはずなのに、楽しそうなのが手に取るようにわかるようで――。


「わぁ……」


 満天の星々に囲まれた瞬間、調の笑顔は輝きを増す。

 思わず車いすに座った調をじっと見つめてしまうほど、清々しい笑みだった。しかしそんな兄の態度が不満だったのか、ジロリと睨まれてしまう。言わずとも「私じゃなくて流れ星を見てよ」という声が聞こえてくるようで、拓人は慌てて夜空に視線を向けた。


「…………」


 確かにここは、調が夢中になるのも納得の空間だ。

 降り注ぐ星達があまりにも幻想的で、まるで吸い寄せられるように見つめてしまう。異次元だとか異世界だとか、そんな非現実的な言葉が頭をよぎってしまうほどだった。


(……そうか)


 ふと、拓人は思う。

 幼い頃に見た流れ星も確か隣には調がいて、お互い高校生と中学生になった今でも同じ景色を見ることができた。

 その事実が、じわりと胸に溶け込んでいく。

 嬉しくて、でも、どうしても望んでしまう自分がいた。

 次に流れ星を見る時は、もっと元気になった調と一緒に見たい、と。


「調。何か願いごとは…………あ」


 ようやく星空から調に視線を移すと、そこには必死に両手を合わせる調の姿があった。

 調はいったい、何を願っているのだろう。

 やっぱり、『もっと元気になれますように』とかだろうか? だったら、今さっき思った『次に流れ星を見る時は、もっと元気になった調と一緒に見たい』という想いを流れ星に伝えるべきだ。


 と、思ったのだが。


(いや、違う……)


 拓人はすぐに、心の中で首を横に振る。

 この想いは、あくまでも自分の気持ちだ。そうじゃなくて、本当に調が望むことを叶えて欲しい。

 だから拓人は願うのだ。


(どうか、調の願いが叶いますように)


 ありったけの想いを込めて。妹の幸せだけを祈りながら。

 ただただ、願う。

 多分きっと、他人から見たらシスコンだと思われるかも知れない。

 でも、これ以上は嫌だと思うのだ。ベッドに一人きりじゃなくて、もっと家族皆で過ごしたかった。流れ星だけじゃなくて、もっと色んな景色を見たかった。友達だって、恋人だって……もっと色々な感情を知ることだってできたはずだった。


 なのに。


 ――この流れ星が、調と過ごす最後の思い出になってしまった。

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