5-8 星の妖精
「行くぞ、調ちゃん!」
「うん!」
花火が始まるまで、まだ三十分ほど時間がある。
それまでは祭りの屋台を満喫しようと拓人達は動き出した。……まぁ、一番ノリノリなのはエトワールなのだが。
たこ焼きや焼きそば、フランクフルトや焼きとうもろこし、フライドポテトやじゃがバター焼き……。エトワールと一緒だと胃袋がいくつあっても足りないことはわかり切っていたことだし、拓人達も屋台を夕食にするつもりで来ていた。
しかし、物には限度というものがある。
「エトワール……? 僕達もう限界なんだけど」
「ん?」
「いや、ん? じゃないんだってば。そんなにたくさんの食べ物抱えながらきょとんとされても困るんだって」
「ちゃんと食べるから大丈夫だぞ?」
「いや、まぁ……それなら良いんだけどさ」
エトワールの笑顔があまりにも眩しくて、拓人はついつい苦笑を浮かべてしまう。でも、あれも美味しいこれも美味しいと食べまくるエトワールの姿は決して嫌なものではなかった。むしろ清々しいほどの食べっぷりで、この表情を屋台のおっちゃんにも見せてあげたいくらいだ。
「ねーねー、エトワールちゃん」
「ん、どうした?」
「私、ずっと……あの、りんご飴ってやつが食べてみたかったの」
「ほう?」
調に言われるや否や、エトワールの瞳に輝きが増す。
今ではすっかり見慣れてしまった光景だが、あれは知らない食べ物に対する興味の表れだ。調が指差すりんご飴の真っ赤な輝きを食い入るように見つめながら、エトワールは両手に抱える食べ物達を光の速さで消化していく。最早、大食いのプロなのかと思うほどの神業だった。
「よし、ここからは食後のデザートと行こうではないか!」
「おーっ」
まだ食べるのか。――という突っ込みは、楽しげに両手を広げる調の姿を見たらすぐに引っ込んでしまった。
初めての屋台にわくわくを隠せない調とエトワールに、それを優しく見守る拓人達。まるで幸せの真ん中にいるようだ。嬉しくて、どこか寂しくて、でも……寂しさを覆い隠してしまうほどの胸の高鳴りがそこにはあった。
りんご飴に、わたあめに、チョコバナナに、ベビーカステラに、かき氷に……。やっぱりエトワールの胃袋は異次元だし、ついていける調も凄いと思う。でも、すでにお腹がいっぱいだった拓人もかき氷を食べることはできた。
「エトワールちゃんはやっぱり、レモン味だよね。流れ星の黄色!」
「ふふっ、そうだね。じゃあ調ちゃんはこのブルーハワイかな? 爽やかな青ってイメージだ」
「えー、照れちゃうよ。うーんと、お兄ちゃんはねぇ……」
恥ずかしさから逃げるように、調はそれぞれのかき氷を選び始める。
拓人は調と同じブルーハワイ。友情も恋愛も頑張って、青春を駆け抜けて欲しいから。
雪三郎は色合い的に一番落ち着いているコーラ味。
星良はおっとりと優しいメロン味。
結衣子は大人っぽい色気のあるグレープ味。
深月は夢に向かって燃えているからイチゴ味。
「えへへ、楽しいねぇ」
皆でかき氷を食べながら、真ん中で調は楽しそうに微笑む。
拓人は知っている。かき氷のシロップの違いは色と香りだけであるということを。ベースの味は皆同じで、見た目と香りでそれぞれ違う味に錯覚しているだけなのだと。
だからこそ、拓人は楽しくてたまらないのだと思った。
本当は同じ味なのに、調の選んでくれたかき氷を皆で大事に食べている。拓人だって、このブルーハワイの味を一生忘れられないのだろうと思った。
(青春を駆け抜けて欲しい、か……)
自分のブルーハワイを見つめてから、拓人はふと調に視線を向ける。
お揃いのブルーハワイ。青春の青色。彼女にとって、深い意味はないのかも知れない。でも、まるで――私の分まで青春を駆け抜けて、と言っているようで。
「拓人くん、大丈夫?」
いち早く拓人の異変に気付いた結衣子が、不安そうに小首を傾げる。
拓人ははっとなり、あくびをする振りをして溢れそうになるものを拭った。「何でもないよ」と呟いて、結衣子に笑いかける。
「今の結衣子さんはエトワールなんだから。もっと堂々としてなきゃ」
「拓人くんのこと、気遣っちゃ駄目だった?」
「う……」
エトワールによく似たエメラルドグリーンの瞳がこちらを射抜く。片思い中の人が、感謝したい人の恰好をしている。よくよく考えるとよくわからない状況で、拓人は自然と渋い顔をしてしまった。
「ほ、ほら結衣子さん。カメラ貸して。エトワールの姿もちゃんと撮らなきゃ」
「……誤魔化された気がする」
「結衣子さん? いつもこんなに積極的だったかなぁー、なんて」
「だって、調ちゃんに大人っぽい色気のあるグレープ味って言われちゃったんだもの。少しは頑張らないとって」
「そ、そっか」
至って真面目な表情で言い放つものだから、拓人の鼓動は慣れない方向に速まっていく。目を泳がせてしまってから、拓人は覚悟を決めて結衣子を見据えた。
「ありがとう。気遣ってくれて」
「うん。……はい、これ。よろしく」
「あ、う、うん。任せて」
交わったり、ゆらゆら揺れたり。
不安定な視線をぶつけ合いながら、拓人は結衣子からカメラを受け取っていた。
自分と、どんな時も仲睦まじい両親と、調に見惚れて頬を赤らめる深月と、エトワールの姿をした結衣子と、調が抱きかかえるくまのぬいぐるみと、祭りのにぎやかな光景と、やがて始まる花火と。
ちゃんとカメラに写せるのは、それだけだ。だけど拓人は、本物のエトワールと調に向けてシャッターを切る。
これは意味のない行為だなんて決め付けたくはなくて。
ただ、拓人は思い出を心に刻むようにファインダー越しの二人を見つめていた。
午後六時四十分。花火の打ち上げが始まる二十分前。
皆でビニールシートの上に座る。場所取りは深月がしてくれていて、花火の全体像が味わえる絶好のスポットだから! と胸を張って言っていた。
だけど、自分達は花火を見る前にやりたいことがある。
「はい、これ。暗くて見にくいかも知れないけど」
「あっ、じゃあ私とお父さんが描いたやつも……」
拓人の書いた『星の妖精』の物語と、雪三郎と調が描いたイラストがビニールシートの上に置かれる。深月も音楽プレイヤーを取り出し、「まずはエトワールに」とイヤホンを差し出した。
「……あぁ」
エトワールはただ、小さく息を漏らしていた。
まるで宝物を見つめるように、小説とイラストに視線を落とす。一つの音も逃したくないように、イヤホンに手を添える。
その瞬間、拓人の頭には「良かった」と安堵する言葉が浮かんでいた。自分が小説を書いたことも、雪三郎と調がイラストを描いたことも、深月が曲を作ったことも、星良達がエトワールの衣装を作って結衣子が着たことも。全部、自分達のためにやっていると思っていた。
少しでもエトワールのことを忘れたくないから。
だからこれは自分達のわがままで、単なる自己満足なのだと。
そう、思っていたのに。
「皆、ありがとう」
まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべられるだけで、拓人は報われたと感じてしまった。
だって、嬉しいのだ。嬉しくて嬉しくて、たまらない。
今までお姉さんぶっていたエトワールが素の笑顔を見せてくれている気がして、自分も笑みが止められない。
雪三郎と調が描いたイラストの中にいる少女も、同じような笑みを浮かべていた。『星の妖精』は願いを叶える訳ではなくて、後悔を消す物語だ。だけど、人の幸せを祈っている気持ちに変わりはない。彼女は人間のために本気で喜べる存在なのだと、改めて感じてしまう。
深月の作った曲は、拓人の想像とは少し違うものだった。
もっとシリアスで、すべてを包み込んでくれるような曲だと思っていた――のだが。軽やかでキラキラとしたピアノの旋律は、まるで人間のために頑張るエトワールが一番楽しんでいるような印象があった。
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