幼馴染なんだから〜!

 次の日、学校での休み時間。

 俺は借りていた本を返すために、図書室に来ていた。

 中学生までの間は学校の教科書を適当に眺めることが俺にとっての読書だったが、今の俺にとっては奏の撮影中はその時間を埋める必需品となっている。

 中学生の時からは信じられないほどに高校の図書室を利用しているヘビーユーザーと言っても良い。

 昨日から奏の撮影に付いてこなくても良いと言われているが、それでも読書の習慣が付いたためもうしばらくは読書にハマることとなるだろう。


「本の返却に来ました」

「はーい」


 本を返却した俺は、図書室を少し徘徊する。

 今日はミステリー小説を借りる予定だったが、一応新しい出会いがあるかもしれないと思ったからだ。

 そこで一つ気になったコーナーがあったので足を止めた。


「恋愛本の集まり……一応教育っていうコーナーにはなってるみたいだが、それにしたって学校で恋愛の本を見ることになるとは」


 俺は試しに『読めば気になるあの人と恋人になれる本!』というものをパラパラとめくってみた。

 そこには、王道な恋の駆け引きの仕方が書かれていた。

 ……今の俺には必要無いな。

 俺はその本を本棚に戻し、ミステリー小説を借りて図書室を後にした。


「湊が……恋愛の本を?え……?嘘……」


 時間が経つのは早いもので、あっという間に昼休みになった。

 今日は冷蔵庫に食材が無く弁当を作ることができなかったため、購買で済ませよう……と思っていたところに、隣の席の奏が話しかけてきた。


「湊!ちょっと良い?」

「あぁ、どうしたんだ?」

「……昨日、私湊の夜ご飯半分貰っちゃったでしょ?だから、今日は私のお弁当を湊に半分あげようと思って!」

「そのことなら気にしなくて良い、今日は購買を────」

「いいから!」


 奏は俺が立ち上がらないようにと念を込めて、俺の両肩を二回トントンと叩くと奏の弁当を取り出して、開けた。


「……なぁ、やっぱり奏はモデルの仕事もあって体力を使うだろうし、半分も貰うのは────」

「モデルだからこそ!ちゃんと体のスタイル維持しないといけないの!」


 奏はお箸を持つと、白米をお箸で挟んで俺の口元に近づけた。


「……え?」

「あ、あ〜ん……ほら、食べてよ!」


 食べ方にも疑問があるが、その前に一つ大きな疑問がある。


「……お箸は、二膳あるのか?」


 俺はとても重要な質問をする。

 お箸が二膳あるのであれば、その食べ方以外に問題は無くなるが、お箸が一膳しか無いなら……


「無いよ?」

「無いのか!?」


 それはとてもまずい。


「……やっぱり、俺は購買で────」


 俺がを恐れてやはり今日の昼食は購買で済ませようとしたところで、奏が俺のことを煽るように言った。


「────もしかしてだけど、湊が気になって恥ずかしいから今やっぱり購買にしようとした、とかじゃ無いよね〜?」


 完全に俺の心が読まれている……俺と十年以上一緒に過ごしてきているということもあって、俺の心理は完全に読むことができるようだ。

 ……正直に言うと、奏と間接キスというのは恥ずかしい。

 だが、俺にもプライドというものがある。

 いくらそれが煽りだとわかっていても「あぁ、奏と間接キスするのが恥ずかしい」とは口が裂けても言えない。


「もちろんだ、そんなの幼馴染なんだから気にするはずないだろ?」

「だよね〜!じゃあ、あ〜────」

「────確かに、俺は奏との間接キスなんて気にしない、だがその食べ方は気になる」

「……食べ方?あ〜んのこと?」

「そうだ、今は教室で周りに人も居るし、何より奏とそんなこと────」

「え〜、なんだから良いじゃん〜!それとも湊は、幼馴染の私が相手でもそんなこと気にするの〜?」

「気にするに決まってるだろ」


 俺が即答すると、奏は驚いたため手から力が抜けようとしていた……が、そうなるとお箸と白ごはんが地面に落ちてしまうため、俺は咄嗟に奏の手を握ってそれを阻止する。


「っ……!?」

「奏、お箸持ってるんだから気をつけないとダメだろ?」


 俺がそう言うと、奏は慌てた様子で言った。


「え……あ、うん!そうだよね〜!あ、あはは〜?……ていうか湊、好きな人居るんじゃないの?私にこんなことして大丈夫?」

「好きな人……?俺に?」


 話が見えない、何のことだ?


「図書室で、湊が恋愛の本読んでるの見ちゃったんだけど……」


 どうして奏がそのことを……!?

 いや、それよりも今は……!


「あ、あれは違う!別に恋愛の本を読みたくて読んでたんじゃなくて、学校の中にあるのが新鮮だったからペラペラめくってただけだ」

「なんだ、そうなんだ……湊のくせに不安にさせないでよね!」

「いたっ……」


 俺は何故か奏に軽く頭を叩かれてしまった。

 不安……?


「あとさ、好きな人ができたならその人には良い、かもしれな────ううん、私以外にはこんな風に手を握ったりしたらダメだよ?」

「俺がそんなに誰彼構わず女子の手を握ると思うのか?」

「……え?湊、それって────」

「奏がだからに決まってるだろ?」

「湊のバカ!」


 奏は何かが不服だったのか、またも俺のことを軽く叩いた。

 ……その後、結局俺は奏に「あ〜ん」と言われながらご飯を食べさせられ、お箸も同じものでご飯を食した。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまぁ……幸せ、あぁ、何この幸福感、超幸せ」


 奏は何故かとても幸せそうにしている……その次の瞬間チャイムが鳴り、授業が始まった。

 そして放課後、奏が気まずそうな顔をしながら話しかけてきた。


「あのさ、湊……やっぱり、撮影付いてきてくれない?」


 俺はその突然の提案に驚く。


「良いのか?」


 奏の中で色々と理由があって俺に付いてこなくて良いと言ったはず、俺はそう思い奏に本当に良いのかを確認する。


「うん、私……湊居ないとダメみたい」


 そう言いながら奏は、それが幸せなことでもあるかのように笑った。


「じゃあ湊、今日も行こっか!」


「あぁ、わかった」


 俺たちはまた元の日常に戻ったかのように、奏の撮影現場に向かった。

 ……色々あったが、最終的には元に戻れて良かったな。

 俺は奏とのいつも通りの日常が戻ってきたことに、無意識のうちに安堵感を覚えていた。


「お疲れさ────まで、す?」


 撮影現場に到着して、奏がいつも通り現場の人たちに挨拶しようとしたところで、今までは居なかった人に目が行く。

 スタッフさんが変わったとかならよくあることかもしれないが、今回は明らかにそうじゃない……カメラの前に立っているのは、明らかに男性モデルの人だ。


「お、奏ちゃん来たね〜!今日は、こちらの男性モデルの人とツーショット────」


「嫌です!」


 奏は嫌悪感を示すように、そう強く言い切った。

 ……奏が、男性モデルとツーショット?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る