もう私の撮影に付き合ってくれなくて良いよ

「あ!奏ちゃん現場入り〜!」


 昨日と同じ若い女性プロデューサーさんが、いつものように奏が現場に入ると大きな声でそのことを撮影現場全体に聞こえるように報告した。


「今日もお願いしま〜す!」


 奏もいつものように現場入りした時の挨拶をした、のと同時に、プロデューサーさんが俺たちの方に近づいてきた。


「今日も元気だね〜、奏ちゃん……と、湊くん、だっけ?」

「あ、はい……どうも」

「君は元気無いね〜!まぁいつも元気な奏ちゃんと一緒に居る君は落ち着いてるぐらいじゃないとダメか〜」

「プロデューサー、湊のこと下の名前で呼ぶのやめてもらっても良いですか?」


 奏は俺とプロデューサーさんを遮るように俺の前に立つと暗い声でそう言った。


「ちょ、ちょっと待って奏ちゃん、怒ってる?しょうがないでしょ、私奏ちゃんが彼のこと湊って呼んでることしか知らないんだから、それとも苗字聞いても良いの?」

「嫌です、そうやって湊の事を────」

「落ち着け奏、どうしたんだ?様子が変だ」


 奏の様子がおかしかったため、俺は奏のことを落ち着かせることにした。


「湊……だって、プロデューサーが湊の事探ろうとするんだもん」

「探るって、ただ苗字を知らないから苗字を聞いても良いか確認してきただけだろ?」

「でも……でもさ!絶対湊のことをモデルにするために今後も色々と聞いてくるよ!」

「奏ちゃん?奏ちゃんは、どうして湊くんのことをそこまでモデルにしたくないの?」


 それは俺も同じことを思っていたが、プロデューサーさんが俺の気になることを聞いてくれた。

 この質問によって、奏の本心が聞けるかもしれない。


「……ちょっと来てください」


 ────と思ったが、どうやら俺には聞かれたく無いのか、奏はプロデューサーさんと一緒に二人の声が俺に届かない距離まで移動して会話を始めたようだった。


「それで?話の続き、して良いよ」

「……モデルって、もちろん男の人のファンも居ますけど、やっぱり八割九割は女の子のファンだと思うんです、それも湊がモデルになるとしたら男性モデル、絶対九割どころか下手したらファンになる子は十割が女の子」

「うん、湊くんの年齢だったらファッションモデルの中でもスチールモデル、ようは奏ちゃんと一緒で雑誌とかがメインのモデルになるだろうね」

「……で、湊って本人はファッションとかあんまり気にして無いからまだ抑えれてますけど、ちゃんと髪の毛とかセットして服もかっこいいの着ればすぐにいっぱい女の子のファンは付くと思うんです、まぁ今はファッションセンス無さすぎて私がいつも買ってあげないとダメダメなんですけど!」


 二人の会話は聞こえないが今奏にとても失礼なことを言われたような気がするのは気のせいか?


「それで私が何を言いたいのかって言うと、湊がモテちゃうってことです、それに高校生のファッションモデルの人なんて少ないので、事務所に所属するってなったら年下好きの先輩モデルとかからも湊は言い寄られるかもしれません」

「うちの事務所の女の子は年下好きが多いから、確かにその可能性アリ!」

「湊に女の子のファンが付いて、先輩のモデルに言い寄られるところとか、私見たく無いんです」

「それはどうして?」

「……言わなくてもわかってるくせに」


 二人の会話が思ったよりも長いな、俺はいつも奏の撮影中は基本暇なため読書をしている。

 まだ撮影は始まっていないが今も暇な時間に該当しているため、俺は二人の会話が終わるのをこの場で待ちながら読書を────


「ねぇねぇ、君っていつも奏ちゃんと一緒に現場来てる子だよね?」

「はい、そうですけど……」


 知らない人……かと思ったが、よく見ると見覚えがある。

 かなりの頻度で奏の照明担当をしている女の人だ。

 いつもは遠くから見ていたが、いざ近くで見てみると、モデル業界というのは照明担当の人も綺麗で無いといけないのかと思わせるほどに綺麗な人だった。


「俺に何か用事ですか?」

「用事っていうかぁ、ほら、この前君プロデューサーにスカウトされてたでしょ?だからちょっと興味あるんだけど、君あのスカウト受けるの?」

「受けないですよ、モデルなんて俺には無理です」


 実際奏に毎日のように付き合っている俺だからわかるが、あれほどまでに忙しい日々を過ごすのはかなりの体力と精神力がいる。

 体力の方はわからないが、そもそも写真を何百枚も撮られるというのが俺には合っていないし、特段モデルに思い入れがあるというわけでも無いので、モチベーションも続かない……だから俺はモデルにはなれないし、なりたいとも思わない。


「そうかな?でも、モデルになったらいっぱい可愛い子と友達になったり……それ以上の関係になったりもできちゃうよ?なんなら今度知り合いの────」

「湊に変なこと言うのやめてください!」


 照明担当の人が怪しい空気感を漂わせながら俺に話していると、それを遮るように奏が大声で会話をやめるよう言った。

 すぐそこにプロデューサーさんが居ることからも、もう二人の会話は終わったと見て良いだろう。


「別に変なこと言おうとしてたんじゃなくて、湊くんも高校生だったら可愛い子に興味あるかと思っただけで────」

「それが変なことなんです!もう!プロデューサーが湊のことスカウトしたりするからこんな変なことになっちゃったじゃ無いですか!」


 奏がプロデューサーさんに向けて言うも、プロデューサーさんは困ったような顔で言う。


「う〜ん、奏ちゃんの言いたいこともわかるけど……やっぱり湊くんってモデルになったら人気出ると────」

「そのことは、さっき話しましたよね?それに、湊だってモデルになりたく無いって言ってました、ね、湊?」


 俺は奏から強い圧を感じたが、それは俺の意見でもあるためしっかりと賛同する。


「はい、俺はモデルになりません」

「ほら!聞きましたか!?湊もモデルにはならないって言ってます!」

「そう……もし意見が変わったら、この電話番号に掛けてね、いつでも歓迎するから」


 プロデューサーさんは俺に名刺を渡した。

 その隅には、電話番号が記載されている。


「湊!そんなの破っちゃって!」

「目の前で破れるわけないだろ?」

「目の前で無くとも人の名刺は破ってはダメ……はぁ、奏ちゃんも変わってるけど、君も相当変わってるわね」


 プロデューサーさんは頭を悩ませている様子だった。

 俺がモデルになりたいと思うことなんて無いと思うが、一応しっかりと名刺は受け取っておくことにした。


「じゃあ奏ちゃん、そろそろ撮影始めよっか」

「は〜い」


 その後はいつも通り奏の撮影が始まり、気がつけば夕方の帰り道……奏が思わぬことを言ってきた。


「湊、明日からはもう私の撮影に付き合ってくれなくて良いよ」

「……え?」


 いきなりのことに、俺は困惑した。


「撮影に来ると、湊がモデルに誘われちゃうし……それに!湊だって本当は私の撮影なんて付き合いたく無かったでしょ?」

「……それは────」

「あ、でも!ちゃんと空いてる時間は私の相手してもらうからね〜?油断してると合鍵使って湊のこと家から引っ張り出しちゃうから!」

「……肝に銘じておく」


 俺は苦笑いで答え、その後はいつも通りの雑談で帰宅した。

 ……もう撮影に付き合わなくて良い、か。

 今まで別に奏の撮影に付き合いたくて付き合ってたわけじゃないし、むしろ解放されるって考えれば良いことしかない。


「……」


 俺はどこか胸に空虚感を覚えながら、次の日を迎えた。

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