ちゃんと真っ直ぐ帰ってね?

「おっはよ〜湊!昨日ぶり!」


 登校時間。

 いつものことだがインターホンが鳴ったので制服姿で学校の鞄を持って家の前に出ると、そこには普段通りの奏の姿があった。

 ……昨日のことで俺なりに色々と思うことがあったが、奏の特に変わらない様子を見ているとなんだか馬鹿らしくなってきた。


「おはよう、今日も元気だな」

「何その感じ〜!私のことバカって言いたいの〜!?」


 そういうつもりで言ったわけじゃないが、直前に奏のことを見ていると馬鹿らしくなってきたと思ってしまっていたため、完全に否定することができない。

 が、表面上はしっかりと否定しておくことが大事だと、俺は奏と過ごしてた十年以上の間で知っている。


「そんなことは無い」

「ふ〜ん?……そうだ!今日撮影夜の7時に終わってご飯の時間にちょうど良いからそのまま帰り────じゃなかった、今日は付いて来なくて良いからね!」


 奏はいつもの癖が抜けないのか、撮影後俺とご飯に行こうと提案しようとしたようだが、昨日のことを思い出してすぐにそれを撤回した。


「……わかってる」


 今日はとりあえず、奏の撮影に付き合わない日というものを久々に送ってみることにしよう。

 その後学校に行き、いつも通り学校の授業を受け終えると、放課後がやって来た……ただいつも通りで無いのは、今日は奏の撮影に付き合わなくても良いという点だ。


「じゃあ奏、気を付けて────」

「ちょっと待って」


 俺と奏は同じクラスの隣の席なため、放課後になったと同時に「気を付けてな」と軽く挨拶しようとしたところで、奏がそれを制止した。


「どうした?」

「……校門前までは、一緒でも良いじゃん?」

「え?別に良いけど……」


 そして、俺と奏はそのまま一緒に校門の前まで歩いた。

 その間、奏はやたらと周りをキョロキョロと見ていた。

 ……意図はよくわからないが、とにかく今日はここでお別れだ。


「それじゃあ、俺は家に帰るから、気を付けて……夜は遅くなりすぎないようにな」


 今度こそ俺が帰り際の挨拶をして帰り道を踏み出そうとしたところで、またも奏がそれを制止するように俺の腕を掴んだ。


「奏……?」

「ちゃんと真っ直ぐ帰ってね?もし可愛い女の子とかに話しかけられても寄り道せず、ちゃんと真っ直ぐ帰らないとダメだよ?」

「わかった、よくわからないけどとにかく俺のことは心配しなくて良いから奏は自分のことに専念してくれ」

「……うん、でももし私より可愛い子に話しかけられたりしても────」

「見た目で言うなら奏より可愛い人なんて滅多にいるはずないだろ?よくわからないけど、俺は大丈夫だから、安心して行って来てくれ」


 俺がそう優しく言うと、奏は安堵した表情で言った。


「うん、行って来ます!」


 奏は俺に手を振ると、走って撮影現場に向かって行った。

 ……今日は自由、か。

 どういう理由があってかはわからないが、奏は俺に真っ直ぐ帰って欲しそうだったため、俺は真っ直ぐ────ん?


「……」


 奏は俺がプロデューサーさんにモデルにスカウトされるから付いて来なくて良い、と言っていたが、もしそれが嘘で別の理由があるとしたら?

 俺をわざわざ念押しして家に真っ直ぐ帰らせようとした理由が、それ以外にあるとしたら……例えば、怪しい詐欺に騙されたとかで、一人で来るよう指示されてるとか。

 ……奏は超人気モデル、下手したら変なことに巻き込まれてしまうかもしれない。


「奏の背中は、まだ見える……」


 追いかけるべきか、追いかけないべきか……決まっている、たとえ後で怒られようとも、今は奏の身の安全が先だ。

 俺は奏の後を追うようにして、奏のことを見失わず、奏には見つからない距離まで走った。

 ……数十分後、奏に付いてきて到着した場所はモデルとしての撮影現場だった。

 照明さんやカメラマンさん、プロデューサーさんが居ることからも間違いない。


「奏ちゃん現場入り〜!」

「……お願いします」


 現場の会話が聞こえてくる。

 プロデューサーさんがいつものように大声で奏の現場入りを報告するが、奏の声がいつもに比べて全然覇気がない。


「……どうしたの奏ちゃん?今日元気無い?体調悪いなら────」

「いえ!大丈夫です!いつも通り撮っちゃってください!」

「そう……?じゃあそうさせてもらうわね?」


 奏は笑顔を作っているが、俺にはそれが虚勢だとすぐにわかった。

 ……やっぱり、奏は何かを思い詰めているのか?

 周りを見渡したプロデューサーさんは気になったことがあったのか、それを奏に問い詰めた。


「奏ちゃん、そういえば湊くんは?今日は一緒じゃないの?」

「はい、湊は……先に家に帰ってます」

「そうなんだ、残念……ま、それなら仕方ないね、じゃあ今から撮影始めま〜す!」


 それから、いつも通り奏の撮影が始められたわけだが……


「奏ちゃん、もうちょっと口角上げて!」

「目線もうちょっとカメラ!」

「顔もうちょっと画角に収まるように傾けて!」


 ……奏がミスをしているのか、何回も怒られている。

 素人の俺からしてみればそこまで気にすることかとも思うが、プロの人にとってはそれも大事なことなんだろう。

 ……それにしても、奏がミスをして注意されているところなんて初めて見る、今日は本当に様子が変だ。


「ちょっと一旦ストップ!奏ちゃん、今日調子悪い?」


 やはりプロデューサーさんも俺と同じことを思ったらしい。

 逆に、今まで一度もミスをしていなかったことが流石短期間で頭角を表した超人気モデルということなのかもしれないが、それにしたって今日の様子がおかしなことに変わりは無い。

 奏は、気まずそうな表情で口を開いた。


「湊……湊、今どうしてると思いますか?」


 ……俺?

 その場の人たちも、まさかそこに居ない俺の名前が出てくるとは思っていなかったのか、数秒間沈黙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る