来てくれたんだね、湊
少しの間場は沈黙していたものの、プロデューサーさんはとりあえず話を進めようと思ったのか奏にさっき奏が言っていた通りの言葉を投げかけた。
「湊くんは、先に家に帰ってるって、奏ちゃんがさっき言ってたんじゃなかった?」
当然の返答だ、俺がプロデューサーさんでも同じことを言っただろう。
だが、奏は首を振ってから言う。
「違うんです、確かに湊はちゃんと真っ直ぐ帰るよう言ったらわかったって言ってました、でも……もしかしたら今学校に引き返して、普段私と居るせいで話せない女の子たちと話して、仲良くなって、どこかに出掛けてるかもしれません……」
奏は悲壮な表情でそんなことを口走った。
……いや、なんだその想像力は。
どうして俺がわざわざ帰るフリをして学校に引き返して、それも普段接点の無い女子たちとどこかに出掛けないといけないんだ。
俺が奏以外の女子と話していないことなんて、普段俺と一緒に居る奏ならわかってるはずなのに……だが、今の奏はその判断もままならないほどに何かが不安なんだろう。
「そんな事無いって、湊くんはちゃんと奏ちゃんとの約束を守ってくれてると思うよ?ね、みんな」
プロデューサーさんが他の人たちに同意を求めると、みんなが頷いてみせた。
「そう、ですよね……でも、どうしても不安で、集中できなくて」
「あ〜!なるほどね……それにしても、湊くんも罪作りだね〜、こんなに可愛い奏ちゃんのことを不安にさせるなんて」
「はい」
はい、じゃない。
どうしてそこだけは端的に即答しているんだ。
……というか、今になってもわからない、奏は何をそんなに不安がっているんだ?俺は特にやんちゃな時期があったわけでもないし、ましてや怪しいところに行ったことなんていうことも無い。
それなのに、奏は何がそこまで不安なんだ?
「……それに」
奏は続きを話そうとしたところで突然周りを気にしだして、プロデューサーさんにしか聞こえないように耳打ちで続きを話しているようだった。
「湊に見られてないと、イマイチやる気出ないみたいです」
「なるほどね、モデルとしての奏ちゃんが最高のパフォーマンスを発揮できるのは湊くんが居る時だけ……」
何かを話しているようだが、やはり俺の方には全くその会話内容が聞こえない。
「……もしかしたら私、湊に可愛いって思われたくてモデルをしてるのかも────すみません、電話です」
奏はスカートのポケットからスマホを取り出した。
何故突然そんな行動に出たのか、それは……
「って、湊からだ!何かあったのかな!?」
俺が奏に電話を掛けたからだ。
奏はすぐに電話に応答してくれたため、通話が繋がった。
「もしもし、湊?何かあった?大丈夫?」
「何かって、真っ直ぐ家に帰ったんだから何もあるはず無いだろ?奏が一人で撮影現場まで行けたか確認するために電話しただけだ」
嘘しか付いていないし、電話の理由が過保護すぎて気持ち悪いかもしれないが、奏がそんなことを思うことは無いだろう。
「何それ〜!私だってもう高校生なんだから一人で目的地に向かうぐらい簡単だから!湊の方こそ、ちゃんと家に帰れたの?」
「帰れた、安心してくれって言っただろ?だから奏はモデルの仕事を頑張ってくれ」
「っ!うん!頑張って帰り電話するから褒めてね!」
「わかった」
俺はそっと通話を切り、スマホをポケットに直した。
……これで奏の不安が消えるなら安いものだ。
あとは奏からの電話を待つとしよう。
そう決めた俺は、この場から離れて今度こそ家に真っ直ぐ帰宅した。
それから数時間後。
言われていた通りに奏から電話がかかって来たため、俺はその電話に応じる。
「もしもし」
「もしもし〜!湊!私モデルしてきたよ〜!約束通り褒めて!」
「すごい」
「たった三文字!?もっと他に無いの!?」
「それより、もう怒られたりはしなかったか?」
「え?もうって、何言ってんの湊〜!私湊の前で怒られるぐらいミスったことなんて一度も無くない?私が怒られたのは今日が初めて……もしかして、付いて来てたの?」
余計なことを言ってしまった……俺は善意のつもりだったとはいえ、行動だけ見れば付いて来なくいいと言われているのに本人に何も言わずに付いていったストーカー、俺が今日奏に付いていったことは墓場まで持っていかなければいけない。
「さっき電話した時も言ったけど、俺は真っ直ぐ家に帰ったんだ、だから奏に付いていってるはずないだろ?もうって言ったのは……そう、俺のことはよく怒らせるから、それで記憶違いが起こっただけだ」
「……え〜?私そんなに湊のこと怒らせてないじゃん〜!」
「知らない間に俺の冷蔵庫からアイスが無くなったりすることがよくあるのは俺の気のせいか?」
「あ!またその話持ち出す〜!そんなの一ヶ月に一回じゃん!」
「じゃあ奏は一ヶ月に一回は俺のことを怒らせてることになる」
「そんなことで怒る湊が悪いから!」
俺たちはその後もいつも通りのやり取りを続け、その後雑談をしていると。
「────あ、私そろそろ家着きそう、ご飯食べたりお風呂入ったりしたいから一回通話切るね」
「わかった、今日もお疲れ様」
「うん!じゃあ、また明日ね」
その奏の言葉を最後に通話が終了した。
俺もそろそろご飯でも食べるか。
そう思い至った俺は自分の部屋の電気を切ってから、キッチンに向かった。
「そっか、来てくれてたんだね、湊……ねぇ、湊がそんなに優しいのって、私が幼馴染だから?それとも……な〜んて!帰ってご飯ご飯────ってそうだ!湊の家で一緒にご飯食べよ〜っと!」
俺がリビングからキッチンに行こうとしたタイミングで、家のインターホンが鳴った。
こんな時間に誰かと思いながら玄関のドアを開けると、そこにはさっき通話を切ったばかりの奏の姿があった。
「奏?どうしたんだ?」
「ご飯!一緒に食べよ!」
「一緒にって、冷蔵庫にはもう俺一人の分しか────」
「じゃあ湊の半分ちょーだい!」
「できるわけないだろそんなこと!?」
俺はギリギリまで抵抗して見せたものの、奏に押し切られてしまい、最終的には奏に俺のご飯を半分渡すこととなった。
ご飯を半分渡してしまったことはいただけないが、奏とご飯を食べるのは……俺の楽しいことの一つだ。
俺たちはご飯の感想を言い合ったりしながら、しばらく同じ時を過ごした。
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