私の水着押さえて!

 部屋に入った奏は、周りを見渡すなりとても元気な様子で言った。


「わぁ〜!カーテン付きのベランダがあって、テレビがあって、ドレッサーデスクとベッドもあって、まさにホテルの一室って感じ〜!ベランダから海とか見えるのかな〜?見たいけど実際に行くまで感動は残したいから我慢〜!でもベッドは堪能したい〜!」


 奏はその大きなベッドにダイブすると、ゴロゴロしたりして一人でそのベッドを堪能している。

 ……その中、俺は一人絶句していた。

 二人用の部屋ということもあって、確かに部屋は広い。

 ドアは二つあって、おそらくそのドアは洗面所とかお風呂とかに繋がっていてるんだろう。

 さらにクローゼットまであって、ベランダ手前にはテーブルが一つと椅子が二つ置かれていて、海を見ながら読書なんかもできそうだ。

 そんな完璧な空間なのに、どうしてベッドが一つしか無いんだ……


「……なぁ奏、寝室ってあのドアの先にあるのか?」


 もしかしたら俺が何かの勘違いをしている可能性もあるため、俺は奏にその可能性をぶつけてみたが……


「何言ってんの湊〜!私が今堪能してるこのベッドが寝るところで、あっちのドアは多分洗面所とかお風呂とかだよ〜」

「そう、だよな……」


 二人用の部屋なのに、どうしてベッドが一つなんだ?


「奏、この部屋って二人用の部屋、なんだよな?」

「うん、プロデューサーに聞いたら、このベッドクイーンサイズなんだって!クイーンってわかる?ダブルベッドより大きいんだよ!やばいよね〜!」


 ……改めて見ると、今まで人生で間近でみてきたどんなベッドよりも大きい。

 ……が、俺が求めているのはそういうことじゃない。

 シングルベッド二つで、適度に距離が離れている……俺はこの部屋に入るまで、勝手にそう思っていた。

 だが、実際はそうではなく、同じ一つのベッドで二人で寝る、その代わりにベッドが大きいということみたいだ。

 ……もちろんそんなことを受け入れるのは無理な話。


「あぁ、大きいな……だが、俺は椅子の上で寝ることにする」

「はぁ……!?何言ってんの湊!」

「一つのベッドに二人で寝るわけにもいかないだろ?」


 俺は当然のことを言う。

 いくら大きなベッドだと言っても、文面だけ見れば幼馴染とはいえ男女の高校生が同じベッドで寝る、というのは色々と問題があることだ。


「じゃあ私が椅子で寝るから湊がベッドで寝れば!?」

「そういうわけにもいかない、もしそんなことで体調に支障をきたしたりしたらモデルの仕事に────」

「だったら私と一緒にベッドで寝れば良いじゃん!」


 奏は俺の意見になんとしてでも反対したいらしく、好戦的に反論してきた。

 だが、俺は冷静な面持ちで口を開く。


「さっきも言ったがそれは無理だ」

「なんで無理なの?ベッドで寝るだけなら何も恥ずかしいこと無いよね?それとも……私に、何か変なことするつもりなの?」


 変なこと……!?


「そんなわけないだろ!どうして俺がそんなこと────」

「じゃあ一緒のベッドで寝るのに何もおかしなこと無いよね!?まだ断るなら、それはもう私と同じベッドで寝たら私の色気に魅了されて理性が壊れるっていう風に判断するから!」

「なんでそうなるんだ!俺はただ────」

「反論は聞かないから!夜の行動で答えを示して!」


 奏はポーチを持つと、ドアを開けてその中に入って行った。

 おそらくはさっき言っていた日焼け止めを塗るためだろう。

 ……行動で、か。

 俺は眠る時にどうするかを頭の中で考えながらも、結局はその時にならないとわからないため、とりあえず今のうちにベッドを堪能しておくことにした。


「……ふかふかだ」


 今日泳いだりして疲れるのだとしたら、間違いなくこのベッドはその疲れを全て吸い取ってくれるだろう、そんな寝心地。

 ……今日は朝早くから起きて初めての飛行機に乗ってちょっと疲れている、奏が日焼け止めを塗っている間にちょっと仮眠を────


「湊!?何寝ようとしてるの!?」


 日焼け止めを塗り終わったらしい奏が、ちょうど俺が仮眠を取ろうとしたタイミングで戻ってきた。


「数分だけ仮眠を取ろうと思っただけだ、早起きしたのは久しぶりだし」

「それ絶対お昼ぐらいまで寝ちゃうやつじゃん!あぶな!気付けてよかった〜!まぁ寝てたとしても無理やり起こしたけど!」


 無理やり起こされてしまうなら結果的に眠れなくて良かったな。


「もう部屋の雰囲気もなんとなくわかったし、そろそろ海行かない?早く泳ぎたい!」

「そうしよう」


 俺たちは最低限の荷物だけ持つと、しっかりと部屋の鍵を閉めて近くにあるという海に向かった。


「海だ〜!ここ数年行けてなかったんだよね〜!うわ〜!早く泳ぎた〜い!」


 時刻は朝の八時台だからなのか、まだ人はそこまで多くは無さそうなので、周りの迷惑を考えずに海を楽しむことができそうだ。


「どこで着替えるんだ?」

「あそこ!海の家!」


 奏が指を指した先には、焼きそばやフランクフルトなどの屋台を出している海の家と呼ばれる建物があった。

 しっかりと着替えられる場所もあるようなので、俺たちはそこで各自水着に着替えた。


「……先に水着に着替え終わったな」


 俺は海の家の前で奏のことを待つことにした。

 ……海とはいえ、上の服を何も着ないというのは慣れないため、上にはファスナーの開けたラッシュガードを着ている。

 奏が着替え終わるまでは、適当に水平線でも眺めておこう。

 俺は見事なまでに綺麗な水平線になっている海を眺めて数分奏のことを待っていると、ようやく後ろから奏の声が聞こえてきた。


「お待たせ〜!」


 奏の方を振り返ると、奏の服装は水着姿へと変化していた。

 その水着は、黄色やオレンジなどの明るい色が混合されていて、下に履いている小さな水着の端辺りには花の模様があった。

 いかにも奏にピッタリな明るい水着だ。

 それに、首後ろで結ばれている紐も、どこかオシャレに感じる。

 学校の水着以外の水着を着ている奏は初めて見るが、流石の着こなし力だ。

 ……というか、改めて見ると奏は本当にスタイルが良い。

 全体的な細さはもちろんのこと、強調された胸部も……って!相手は奏だ、変なことを考えるな俺!


「そんなに私の水着姿見回したんだから、一つぐらい感想無いの?」

「……奏に似合ってる、良い水着だと思う」

「っ……!やった〜!嬉しい!……本当に、嬉しい」


 奏は頬を赤く染めて嬉しそうにしている。

 ……そんなに喜ばれると俺の方もなんだか調子が狂うな。


「で、湊はどうしてカッコつけてラッシュガードなんて着てるの?」

「カッコつけてるわけじゃない、ただ誰が見てるかもわからないのに何も着ないのはちょっと抵抗があっただけだ」

「ま、別にいっか……じゃあまずは水のかけ合いしよ〜!」

「あぁ、日頃の鬱憤を晴らさせてもらう」

「私だって!湊には日頃からずっとモヤモヤさせられてるから!いっぱい水かけさせてもらうよ!」


 その後、俺たちは海を満喫するべく、足は付くが体が半分ほど埋まるぐらいの場所ですぐに水のかけ合いを始めた。

 お互いの体に冷たい水がかかるのが、この暑い夏にはどこか気持ち良い。


「水のかけ合いも思ったより楽しいな」

「────隙あり!」


 俺が素直な感想を話していると、奏が突然距離を詰めて思いっきり水をかけてきた。


「っ……!今のはなかなか────」

「ちょ、ちょっと待って!ひゃ、ひゃあああああ〜っ!!」

「え、おい!」


 奏は俺の目の前でバランスを崩すと、俺の方に倒れてきた。

 俺はそれをどうにか咄嗟の反射神経で受け止める。


「大丈夫か?」

「う、うん……ありがと、湊────み、湊?お、お願いがあるんだけど、今すぐ!」

「ど、どうした?」

「私の上の水着の紐私の背中に押しつける形で押さえてくれない!?紐外れちゃった!」


 紐が……外れた!?

 とんでもないアクシデントだ……が。


「水着を抑えるって、奏の背中にも触れることに────」

「そんなのいいから!早く私の水着押さえて!」

「わ、わかった」


 俺は奏の鬼気迫る雰囲気に負けてしまい、確かにそんなことを気にしている場合では無いと思い改めて奏の背中に腕を回し、水着の紐を奏の背中に押さえつけるように強く押した。


「っ!?」


 そのせいで、奏自身も俺の方に寄せられてしまうこととなり、体が密着してしまった……というか、こんなのほとんど俺が奏のことを抱き寄せてるみたいなものだ。


「奏?一旦手を離────」

「は、離したほうが大変なことになるから!……ちょっとどうするか考えるから、あとちょっとだけ、このままにしてて」

「……わかった」


 俺はしばらくの間強く紐を押さえながらも、実質奏のことを俺の方に抱き寄せ続けた……奏は幼馴染、幼馴染だ。


「ま、待ってね?湊……あと、ちょっとだけだから……もうちょっとだから……あとほんの少しだけ……このままでも良い、よね?」

「え……!?」


 その後、奏は何故か全くその状況を打破しようしなかった……が、俺は奏のためにも俺のためにも奏の水着の紐から手を離すわけにはいかなかったため、奏の気が済むまでそのまま奏のことを抱き寄せ続けた。

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