抱きしめたいから抱きしめてるの!
「……うん!そろそろどうすればいいか思いついたかも!」
「思いつくも何も最初から奏が水着の紐を結べば良いだけだっただろ!」
「あ〜!私もそれ今思いついたの〜!」
「嘘をつくな!」
奏が今嘘をついているのは簡単にわかるが、問題は何のために俺が奏のことを抱き寄せている状態を維持したかったのかということだ。
奏にとっても水着の紐が取れたら困る様子だったし、それなら早くに紐を結んだほうが奏も安心できたはずだ。
もしかして、俺が戸惑っている様子を見てからかわれて────
「私が頑張るたびにからかいで済ませる湊に、私がハッキリ言った言葉を受け止めることができるの?」
────俺は前に奏に言われた言葉がフラッシュバックした。
奏が頑張るたびに、俺がからかいで済ませている。
……今回の件は、奏が頑張っているというわけではなかったが、それでも俺がからかいと受け取ってしまうほどには奏の行動が理解できなかった。
だが、おそらく俺がからかいと受け取っている今の行動にも、何かしらの真意が隠されているんだろう。
俺が考え事をしているうちに、奏は水着の紐を結び直し終えたようだ。
「とりあえず一安心!私たち海に来たのにまだ泳いで無いよね〜」
「軽く泳いでみるか?」
「うん!じゃあ水中鬼ごっこしよ!」
「鬼ごっこか……どっちが鬼をやる?」
「はいは〜い!湊が鬼になったらドサクサに紛れて抱きつかれたりしちゃいそうだから、私が鬼やる〜!」
「俺がそんなことすると思うのか?」
「うん、しないよね……してくれないよね、わかってるよ、そんなの」
奏はさざ波の音でかき消されるほどの小声で何かを言ったかと思えば、俺に距離を取るよう言ってきたため、俺は泳いで奏から離れた。
俺は奏に向けて手を振り合図を出すと、奏が俺の方に向かって泳ぎ始めた。
「だから……私が鬼になって、湊を!」
泳いで近づいてくる奏から、俺も泳いで逃げる。
そんなことを続けている間に、俺は疲れてしまったので一度足を止めて一呼吸する。
奏は女子の中では運動神経が高い方だが、俺と比べると一歩俺の方が体力的には軍配が上がるということを今まで関わってきた経験で俺は知っている。
だから奏もそろそろ疲れているはず────そう思った矢先に、俺の目の前に水しぶきが立った。
「っ、前が見えな────」
「捕まえた!」
「え!?」
奏に……捕まった!?
奏だって疲れてるはずなのに、どこからそんな体力が出てくるんだ?
だが、奏はしっかりと俺のことを力強く抱きしめて捕まえているというのも事実……鬼ごっこでどうしてそこまで本気に────強く抱きしめて?
「か、奏!?勢い余って俺のことを抱きしめ────」
「勢いが余ったんじゃなくて、意図的に抱きしめてるの」
……え?
意図的に……抱きしめてる?
「どういうことだ?どうしてそんな────」
「抱きしめたいから抱きしめてるの!他に理由なんてないじゃん!」
奏は目を閉じて恥ずかしそうにしながら言った。
抱きしめたいから……?
「……何か嫌なことでもあったのか?そういうことなら俺で良ければいくらでも────」
「あー!もう違う!違う違う!こんなにしても察しつかないなんてあり得ないんだけど!もう知らない!」
奏はそう言いながら俺のことを強く押した。
おかげで俺はバランスを崩し、海の中にダイブさせられてしまったが、すぐに海から顔を出した。
奏は海から上がる気のようだ。
「……追いかけた方が良い、よな」
理由はわからないにしても、俺のせいで怒らせてしまったことはわかっていること、俺は怒らせた張本人である責任を果たすべく奏に付いて行った。
奏に付いて行くと、奏はフランクフルトを二本購入して、その一本を俺に渡してくれた。
「……はい、あげる」
「良いのか?」
「うん」
「……じゃあ、もらう」
俺はフランクフルトを受け取ると、早速一口食べてみた。
……熱いが、肉の味と肉汁にケチャップとマスタードが混ざることで美味しい味を引き出していて、さらにこのフランクフルトは通常より大きいため肉厚もあり噛みごたえ十分だ。
「美味しい?」
「かなり美味しい、奏も食べてみたらどうだ?」
「そうする!」
奏は言った通りにそのフランクフルトを口に含んだ。
「っ、熱っ!でも……うん、美味しいね!湊のも一口ちょうだい?」
「別に味は変わらないと思うけど良いのか?それに間接キス────」
「良いって言ってんの!早く食べさせて!私さっきの件まだ怒ってるんだからね!?」
「悪かったって、じゃあこれで許してくれ」
俺は奏の口元にフランクフルトを近づけると、奏はそれを口に咥え、しっかりと噛んで飲み込んだ。
「美味しい〜!うん、湊のやつの方が美味しい!」
「そんなに変わるのか?」
「変わるの!そうだ、私のも食べてみる?」
「……そこまで言うなら」
俺は奏が差し出してきたフランクフルトに口元を近づけて食べ────ようとしたが、奏はそのフランクフルトを手前に引いた。
「な、何のつもりだ?」
「ごめんごめん!ちょっとペットにご飯あげてる気分になっちゃって!引いたら湊もそのままフランクフルトの方に寄ってくるのかなって思って!」
「誰がペットだ!」
「だってペットっぽかったんだもん!」
「あのな奏、いくら怒らない俺でも限度ってものがあるんだ」
「いつも怒ってるくせによくそんなこと言えるね〜!」
「それは怒らせる奏が────」
「うるさいお口にはフランクフルト〜!」
「っ!」
俺は隙をつかれたように奏にフランクフルトを口に入れられてしまった。
「んん、んん!!っ!」
「口もごもごしてる〜!うん、湊はずっとそれの方が良いんじゃない?」
俺が何も言えないのを良いことに俺を煽るようなことを……だが、どれだけ悔しくても最低でもあと一分は喋れそうにない。
「……湊が何も言えない間に私が今思ってること話すけど、湊は私のことをどう思ってるの?」
……え?
どう……?
「んんん、んん……」
喋れないんだった……とにかく、早くフランクフルトを食べ切ろう。
「近所の知り合い?異性の友達?ただ十年間一緒に居ただけの幼馴染?私はね、違うの……私にとって湊は────この先は!ナイトプールの時に話してあげるから、湊もちゃ〜んと予想しててね!もしその予想が当たったら……どんなことでも一つ、湊の言うこと聞いてあげる……じゃっ!そろそろ朝ごはんの時間だし、私先焼きそば屋さん行ってるね〜!ちゃんと湊の分も頼んどくから!」
フランクフルトを食べていて思うように走れない俺のことを置き去りにして、奏は焼きそば屋さんの方へと走っていってしまった。
今の話は……なんだ?
奏にとって俺は、近所の知り合いでも異性の友達でも幼馴染でも……無い?
……あり得ない可能性、それでも浮かんでしまった、奏にとって俺がどういう存在なのか。
だが、だとしたら……俺は。
「頑張った!頑張ったよ私!あとはナイトプールだけ……!私はもう逃げない、この恋から逃げない……大好きだからね、湊」
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