湊になら、いつでも見せてあげるから

 焼きそばを食べた後も、俺たちは昼の時間帯になるまで海で過ごし、昼の時間帯になると水着から元来ていた服に着替えた。


「じゃあ湊!今からツーショット撮りに行くよ!」

「ツーショット……?

「うん!良さそうなところ探して最低でも五枚は撮るからね!」

「五枚!?」


 大変なことになりそうだが、旅行までして何も思い出を残さないというのも不自然なため、俺は奏と一緒に背景に良さそうなところを探し始め────


「じゃあまずは!この海で海を背景に撮ろうよ!」

「海か……それは良い案────」

「あ〜!!やっちゃった〜!!」


 俺がその意見を肯定しようとしたところで、奏は大きな叫び声を上げた。


「やっちゃったって、何を?」

「もう水着着替えちゃったけど、海で写真撮るなら水着が良い!」

「そうは言っても、今着替えたばかりだ」

「もう一回水着に着替えて写真だけ撮ろ!お願い!!」


 奏は両手を合わせてお願いしてきた。


「……わかった、そうしよう」


 そこまでされて断るのも気が引けるため、俺はそれを承諾した。

 それに、思い出は一つでも多い方が良いことも確かだ。


「やった〜!じゃあ着替えたら、さっき遊んでた浅瀬のところ集合ね!」


 俺たちは再度、各自水着に着替えると、待ち合わせ場所のさっき遊んでいた海の浅瀬に集合した。

 水着に着替えて集合してきた奏の手には、スマホが握られている。


「腕に抱きつく感じで写真撮っても良い?」

「別に良い」

「ありがと〜!」


 奏は笑顔で俺に感謝を伝えると、水着姿にも関わらず全く遠慮なく俺の腕に抱きついて、抱きついた腕とは反対の手に握っているスマホを高く上に上げてインカメにした。


「ちょっと待ってくれ、今自分が水着姿だってわかってるのか?」

「わかってるけど、湊は別に気にならないでしょ?」


 本当なら気にならないと言って動じない態度を取るのが俺の中のベストだが……


「こんなに密着されて気にならないわけないだろ!せめてもうちょっと体を離すっていうか、腕に抱きつくのは良いから体はちょっと離して────」

「口喧嘩になっちゃう前に撮っちゃうよ〜!はい、チーズ!」

「ちょっと待────」


 奏は撮影の瞬間にさらに俺の腕を抱きしめる力を強くして体を密着させて、とても良い笑顔をしていた……一方の俺は本当にもう撮るのか?という意で「ちょっと待ってくれ!」と言おうとした時に咄嗟にカメラの方を向いてしまっていて、その瞬間が撮影された。

 おかげで……


「この写真だと湊が私に抱きつかれて慌ててるみたいになってる〜!こんな湊一生見れないんじゃない?やった〜!」

「今すぐ消せそんな写真!次はちゃんと笑顔で撮ってみせる!」

「湊にはこのぐらいがちょうど良いの!じゃあ私は満足したから、元の服に着替え────」

「待て」


 着替えに行くために俺に背中を見せた奏の肩に俺は手を置いた。

 このまま俺にとっては最悪なツーショットを撮ったことを最後にこの海を去ることなんてできるわけがない。


「な、何?湊」

「ここでちょっとの間待っててくれ、すぐ戻る」

「え?う、うん」


 俺は急いで俺が着替えていた場所に向かって、あるものを取るとすぐに奏の居る浅瀬に戻った。


「それで、まだ何かするの?」

「あぁ」


 俺は取りに行ったもの、スマホのカメラを起動してそれをインカメにした。


「え、写真……?また?」

「貴重な海なのにあんな変な写真を最後に別のところに行くことなんてできるわけないだろ?」

「可愛いから良いのに〜!」

「何も良くない!良いから早くチーズしてくれ!」

「腕に抱きついても良いの?」

「良い」


 むしろさっきの屈辱を晴らすためにも抱きつかれた上で普通に写真を撮ることこそが至上命題だ。

 奏はさっきと同じように俺の腕に抱きついた。


「理由は色々とあるにしても、湊から写真撮りたがってくれるなんて新鮮〜!」

「……あと五秒で撮る」


 俺は腕に触覚を完全に意識から外して、ただカメラに向かって笑顔を向けることに集中した。

 奏はさっきスマホを持っていたためできなかった、俺の腕に抱きつきながらカメラの画角に合わせてピースをした────直後に俺はシャッターを切って、その瞬間を写真に収める。


「どうどう?どんな感じ?」

「良い感じだ」


 俺はしっかりと笑顔になっていて、奏に関してはあの数秒で作ったポーズとは思えないほどに完璧な仕上がりとなっている。


「じゃあ!今度こそ着替えて他の場所探そっか!あ、私の水着姿見れなくなって悲しいのはわかるけど、ナイトプールの時にまた好きなだけ見れるから!」

「俺がいつそんなこと言ったんだ!現に俺は最初奏が水着に着替えた時以外ちゃんと奏の顔を見て話してるだろ?」

「それはそれで不自然じゃない?本当は頑張って私の顔に意識集中させようと頑張っちゃってたりして!」

「っ!そんなわけないだろ!」


 言葉ではそう言いながらも、奏のその予測は少しだけ当たっていることを証明するように、俺は少しだけ動揺してしまった。


「へ〜?ま、いいけど〜?もしまた私の水着姿が見たくなったらいつでもさっき撮った写真眺めてて良いからね〜?」

「誰がそんなことするか!」


 このまま話していても俺は奏に煽られるだけだと判断して、先に着替えに行こうとしたが……奏はそんな俺の腕を掴んで言った。


「待って……やっぱり今の嘘、もし見たくなったら、私に直接言って?湊になら、いつでも見せてあげるから」

「……仮にも奏はモデルなんだから、そんなことを簡単に言うのは────」

「簡単じゃない!私湊ならってちゃんと言った!」

「俺にだとしても、そんなことを言うものじゃない」

「……もう!そんなことを言ってられるのも、今日のナイトプールの時までだけだからね!」


 そう言うと、今度は奏が俺よりも先に着替えに向かった。

 ナイトプールの時、か。

 俺たちは水着から元来ていた服に着替えると、自然を感じさせる自然スポットや、壁がオシャレな撮影スポットなどで数枚の写真を撮ると、ホテルの部屋に戻った。


「十枚も撮れたね〜!」

「そ、そうだな……」


 俺は写真撮影に対してハイテンションな奏に連れ回されてしまったせいで体力が消費されてしまった。

 海でも数時間遊んだからというのも大きいだろう。


「湊結構疲れてそう〜、今日は頑張って早起きもしてくれたし、今のうちにお昼寝しとく?」

「それは大丈夫だけど、ちょっとだけ休憩はさせて欲しい」

「おっけ〜!」


 その後数十分経って俺が休憩し終えると、結局はいつものように部屋でトランプとか雑談とかをして過ごし、あっという間に時間は夜になり、ナイトプールに行く時間帯になった。


「そろそろナイトプールに行く時間じゃないか?」

「うん!湊結局お昼寝しなかったけど、プールの中で寝ちゃったりしたらダメだからね!」

「そんなことするはずない」


 俺たちは水着を持って部屋の戸締りをすると、ナイトプールがあるという屋上に向かった。

 その間、奏の表情が少し強張っていたため、俺は奏に話しかける。


「奏?どうかしたのか?」

「う、ううん!?そ、それより、もうナイトプールの着替え室が見えてきたね!男女別みたいだから、着替え室の前集合ね!また後で!」


 奏は慌てた様子で手を振りながら着替え室に入って行った。


「大丈夫……大丈夫、だよね?湊、私……ううん!ここまで来たら、当たって砕け────たくないから、当たって受け入れてもらって、イチャイチャしたりして……うん、そうする!」


 奏の雰囲気がいつもと違うことは、ずっと一緒に居た俺には当然もうわかっていること……ナイトプール、その場所で、奏が俺に何を言おうとしているのか。

 ……今色々と考えても仕方無いため、俺は水着に着替えると、奏が水着に着替え終わるのを約束通り着替え室の前で待ち、数分後に奏が水着姿になって着替え室から出てきた。


「じゃあ……行こっか!」

「あぁ」


 俺はいつもより辿々しい雰囲気の奏と一緒に、ナイトプールの中に入った。

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