変な目で見てたでしょ!
飛行機に乗り、人生初のフライトを経験した俺は。
「さっきまで俺たち雲の上に居たんだよな!?」
その飛行機からの景色と、いつも見上げている雲の上に居たという事実に魅入られていた。
今までの人生、色んなところで雲より上からの景色を見たことがあるが、やはり実際に見るのは格別だ。
「うんうん!すごかった〜!でも湊がそんなにはしゃぐのってちょっと意外じゃない?」
「初めての飛行機ぐらい騒いだって良いだろ?」
「もちろん!ただ珍しかったってだけ!でも湊、途中三十分ぐらい寝てたよね〜」
「仕方無いだろ?朝の六時なんて普段はまだ寝てるんだから」
「やっぱりお子ちゃま〜!」
「うるさい」
その後、俺は奏と一緒に地図を見ながらホテルの場所を探り探り探していた。
月曜日、奏が土日にリゾート地で一泊二日すると伝えてきた日、その出費がどこから出ているのかと聞いたら、奏は「プロデューサーが何でも一つ叶えてくれるって言ってたからお願いしちゃった!」と言っていて、あの時プロデューサーが苦い表情をしていた理由に合点も言った。
事実、今週プロデューサーはいつもに比べるとかなり覇気がなかった、帰ったらしっかりとお礼を言っておこう。
「あ!あの建物じゃない?」
奏が指を刺した建物は、俺たちが宿泊する予定のホテルの建物だった……とても高く横にも広い白色の建物で、その周り一面は海で囲まれていた。
事前に調べた情報によると、このリゾートホテルの最上階には上から絶景を眺めることができるプール、主に夜に使うとプールの水が光ったりするナイトプールとして利用される場所があるとのことで、相当高いところなのは間違いない。
「入ってみるか?」
「うん!楽し────」
俺たちがそのホテルに入ろうと足を進めたところで、後ろから奏に対して声が掛けられた。
「あの、すみません!もしかしてモデルのカナデですか!?」
「あ、はい、そうで────」
俺たちはその声がした後ろに振り返ったが、その人に返事をしようとした奏はその返事を一瞬止めた。
理由は、その人の姿が……水着だったからだ。
俺はすぐにその人の顔だけに意識を集中させる。
「────そう、です!」
「こんな偶然あるんですね!顔ちっちゃ!ていうかスタイル良すぎません!?本当に高校生なんですか!?本気で尊敬してます!」
「そ、そんな……私なんて全然ですよ」
「何言ってるんですか!私の周りもみんなカナデのこと話してますもん!リアルで見れるとかすごすぎ……」
どうやら、奏の熱烈なファンのようだ。
それに、この人も奏のファンだけあって、しっかりと見た目には気をつけているらしく、スタイルがとても整っている、見たところ大学生────って、初対面の人相手にそんなこと考えるなって!
「写真とか一緒に撮っても大丈夫な感じですか!?」
「私一人の撮影なら大丈夫……なんですけど、ちょっとだけ待ってもらっても良いですか?」
「はい!」
俺は奏に怒りの目を向けられると、強く腕を引っ張られてファンの人からは俺たちの会話が聞こえない距離まで連れてこられた。
「私、今怒ってるんだけど?」
「……俺のせいなのか?」
「湊もそのぐらいはわかるようになってきたんだね、そう、湊のせい」
それから少しの間を開けると、奏は本題を口にした。
「さっき、あの私のファンの人の水着姿変な目で見てたでしょ!」
「見てないって、水着姿を見たことは目の前に居たから否定できないが変な目では見てない」
「へ〜?ふ〜ん?本当かな〜?」
「本当だ!」
「ま、じゃあ写真撮ってくるから、湊はここで大人しく待っててね」
そう言うと、奏はさっきのファンの人のところに駆け足で戻ると、二人は身振り手振りを付けて会話を始めた。
「さっきのって、もしかして彼氏さん?」
「え、えぇ!?こ、困りますよそういうの!」
「アイドルとかと違ってモデルは恋人とかが居ても特に問題にならないから良いじゃないですか〜、で、どうなんですか?」
「彼氏……とかでは無いです」
「可愛い〜!写真だと可愛い笑顔とかクールな感じですけど、実際話してみるとこんなに可愛い感じなんですね!」
「恥ずかしいですからやめてくださいよ〜!」
「もし恋人にしたいと思ってるなら海でグイグイ行ったほうが良いですよ!水着姿で異性ってことを強調すれば一発です!」
「さ、参考にします……」
「ていうか、さっきの人もカナデと同じで高校生ですよね?二人で旅行────」
遠くから見ているため会話内容はわからないが、ファンの人が積極的に話していて奏が押されているようだ、こんな光景は珍しい。
……それにしても、まだ朝の七時代なのに、もうこんな時間から水着姿で遊んでる人なんて居るのか。
同じ国のはずなのに、ちょっと場所を変えるだけで別の世界に来たみたいな気分だ。
五分ほどして、ようやく奏は撮影を終えたらしく俺のところに戻ってきた。
後ろでさっきのファンの人が俺たちに向けて手を振っていたが、程なくしてその場を後にしていた。
「疲れたぁ……なんか色々教え込まれちゃったよ」
「教え込まれた……?」
「流れの作り方とか、夜の誘い方とか」
「流れ……?夜?あぁ、ナイトプールのイベントか何かか?光る水の流れを作るか……楽しそうだな」
「────あ、あー!う、うん!そうそう!ナイトプール楽しみだよね〜!」
奏は慌てた様子で同調してきた。
何故慌てているのかはわからないが、ナイトプールが楽しみなことは俺も同感だ……いや、ナイトプールだけでなく、しっかりとこの一週間の間で今の自分に合うサイズの水着も購入したぐらいには今回の旅行を楽しみにしていた。
「そろそろホテルの中行っちゃわない?そろそろ日差しも強くなってくるから部屋入って日焼け止め塗りたい!」
「そうしよう」
俺と奏は一緒にホテルの中に入ると、チェックインを済ませて、最後に部屋の案内をされた。
「お客様たちの部屋は、七階の七号室となっておりますので、そちらにお入りください」
奏は受付の人から鍵を受け取り、笑顔で「ありがとうございます!」と返した。
「……」
「……」
「……続けて何か御用でしょうか?」
俺が受付さんと目を合わせ続けていると、受付さんが俺に用件を聞いてきた。
……御用でしょうかって、むしろ続きを聞きたいのは俺の方だ。
「湊〜?どうかしたの〜?」
「どうかしたのって……あの、受付さん、俺の部屋を聞いても良いですか?」
受付さんといい奏といい、どうして俺の部屋を忘れたまま話を終わらせているんだ?
そう思い投げかけた疑問だったが、次の受付さんの言葉でその疑問は解決された。
「はい……?お二人はお二人で一室ですよ?」
「……え?」
その疑問は解決されたものの、また新しい疑問が生まれてくる。
疑問というか、戸惑いだ。
「一室って、え?俺たち異性ですよ!?」
「そう言われましても……予約では一室になってますし、それに七階の七号室はお二人用の部屋なので、特に宿泊する際に問題は無いと思います」
「待ってください、男女で同じ部屋に寝るのは────」
「湊〜!もうやめて〜!恥ずかしいから!あの、すみませんでした!本当気にしなくて良いので、失礼します!」
奏は俺のことを強引に受付前から連れ出すと、エレベーター前で足を止めた。
「ちょっと湊!予約では一室って言われた時点でそれ以上は何言ったって面倒な客になっちゃうじゃん!しかも理由が恥ずかしいって!」
言われてみれば、確かに冷静さに欠ける行動だったことは明白……だが。
「ホテルで異性二人が同じ部屋ってどう考えてもおかしいだろ!?どうしてプロデューサーは一室で予約したんだ……」
「あ、一室ってお願いしたのは私」
「え!?」
奏が突然衝撃的なことを俺に伝えた。
奏が……一室を希望した?
「どうしてそんなことを?」
「表向きの理由は、プロデューサーのお金に気を遣った結果?二人用の部屋一室と一人用の部屋二部屋だったら二人用の部屋一室の方が安かったから」
「……本当の理由は?」
「それは────内緒!でも表の内容でも十分納得できるでしょ?」
納得は一応できる、俺たちはプロデューサーに今回の交通費や宿泊費を全て出してもらっている身、そんな状態で二部屋にしてくれなんていうのは図々しいこと……それはわかる。
「でも……」
「……嬉しいな〜!」
「え?」
「湊がそんなに私のこと異性として意識してくれてたなんて思わなかったよ!そうだよね〜、こんなに可愛いモデルの異性と二人で同じ部屋なんて、湊の理性が持たないよね〜!じゃあ今からでも別の部屋────」
「別にそういうことじゃない、ただ性別的にはってだけの話で、今奏に言われて相手が奏だって考え直したら平気になった」
「本当かな〜?」
俺は少しでもこの馬鹿にされている空気を打破するため、ほんの一瞬でも奏から離れるために先にエレベーターに乗った。
「私、ちゃんと異性なんだ……良かった」
奏は曇りのない笑顔をしながらエレベーターに乗ってくると、七階のボタンを押した。
七階に着くと、俺たちはすぐに七号室の前に来た。
「開けちゃうよ〜?」
奏は受付の人に渡された鍵で部屋の鍵を開けると、部屋のドアを開けた。
俺たちは一緒に部屋の中に入る。
……まぁ、一部屋と言ってもベッドは二つあるだろうし、違うベッドで寝るならあまり変なことは意識しなくて良いだろう。
そう思いながら入った部屋には、大きなベッドが一つ置かれていた。
大きなベッドが、一つ置かれていた。
大きなベッドが一つ……だけ?
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