逃げるのはもうやめてくれない?

「湊さ、今週の土日とか暇?」


 放課後。

 今日も奏の撮影に付き合おうために奏と一緒に撮影場所に向かっていると、奏が突然週末のことを話し始めた。


「気が早いな、まだ月曜日の放課後になったばっかりなのに」

「いいから!どうなの?」


 奏はとにかく早く俺の答えが欲しいらしい。


「空いてる」


 というか、奏の撮影にずっと付き合っている俺が暇じゃ無いわけがない。

 ……俺は、自分で言っていて一人心の中で悲しくなってしまった。


「おっけー!じゃあちゃんと空けたままにしててね〜」

「良いけど、どこか遊びに行きたいとかか?」

「まだ内緒〜!」


 奏は人差し指を自分の口元に当てながら言った。

 奏が何をしたいのかさっぱりわからないが、とりあえず今は後の楽しみという事にして何も聞かないでいよう。


「そういえばさ!今日暑────」

「奏!?」

「────え、何?」


 何?じゃない。

 会話だけだといきなり俺が大声で奏の名前を呼んでいるおかしな人に見られてしまいそうだが、俺が大声を出したのは奏が突然俺の右腕に抱きついてきたからだ……どういうことだ?


「何って……奏の方こそ暑いって言っておきながらどんな理由があれば俺に抱きついてくるんだ?この前の撮影が終わった後で先にどっちが離れるかって話はもう解決してるはずだ」

「抱きつきたくなっちゃっただけ!他に理由居る?」

「居るに決まってるだろ!そんなのまるで────」

「まるで、何?」


 抱きつきたいと思ったら許可も無しに突然腕に抱きつく。

 そんなの、まるで……


「……何でもない、とにかく暑いから離れてくれ」

「え〜?二人で一緒に暑さ共有した方が涼しくなるって!一人じゃ勝てなくても二人で力を合わせれば勝てるよ!」

「暑さに関しては余計に暑くなるだけで逆効果だ!離れてくれ!」

「別に暑くないのに〜!」

「暑いに決まってるだろ!


 俺は奏から距離を取りながら学校まで向かって、しっかりと放課後までの授業を受け終えて、いつも通り奏と一緒に撮影現場に向かった。


「お疲れ様で〜す!」

「……か、奏ちゃん現場入り〜!」


 プロデューサーはいつも通り奏が撮影現場に来たことを大声で報告する……が、どこか様子がおかしい。

 俺は奏が撮影用の服に着替えている間に、プロデューサーに少し話を聞いてみる事にした。


「プロデューサー、もしかしてどこか具合悪いんですか?」

「あぁ、湊くん……そうね、具合が悪いと言えば悪いわね」


 プロデューサーのことをパッと見た感じ、立っていることに支障は無さそうに思えるが……


「大丈夫ですか?俺でできることとかありそうですか?」

「湊くんに、できること?……そうね、湊くんが奏ちゃんに対して首を縦に振ってくれるだけで解決することよ」

「奏に対して……首を縦に振る?何の話ですか?」

「これ以上余計なことを口走ったら私の存在が危ういから黙秘させて、はぁ……まさか高校生二人の旅行であんなに値が張るなんて……」


 プロデューサーは暗い声でぶつぶつと何かを呟いている。

 ……プロデューサーも若くて綺麗な人だし、きっと恋愛の悩みとかだろう。

 俺はそっとしておく事に決め、奏が戻ってきたので奏の撮影を見守った。

 そして撮影終わり。


「湊どうだった!?今日の私は特に可愛かったと思うんだけど!」

「あぁ、可愛かった可愛かった」

「ちょっと!それ本当に思って言ってる!?」

「思ってる思ってる、奏は可愛い」

「絶対適当じゃん!……土曜日そんな余裕無いぐらい赤面させていっぱいアプローチしてみせるから」


 奏は小さな声で、だが決意を示すような表情で何かを言うと、服を着替えに撮影現場を後にした。


「何だったんだ?」


 まぁ、とにかくあとは着替えを待つだけだ。

 俺は奏の着替えを待って、やがて奏が着替え終えると一緒に帰宅した。


「今日、湊の部屋行っても良い?」

「あぁ、一緒に課題でもしたいのか?」

「そんなとこ!」


 俺たちはそんな軽い会話を交えながら俺の家に入ると、二人で俺の部屋に入った……奏が俺の部屋に来るのは頻度で言えばあまり無いが、この十年で言えば三桁を上回る回数は優に超えているほどに俺の部屋に入ってきているため、今更緊張感も何も無い。


「……湊の部屋、ちょっとだけ久しぶりだね」


 奏は俺のベッドに腰掛けると、落ち着いた声でそう言った。


「そうだな……それで、どの課題から────」

「湊、今何か感じてる?」


 どの課題から始めるのか聞こうとしたところで、奏が突然意味ありげな質問をしてきた……何か、感じてる?


「どういうことだ?」

「今、湊の私の男女が、この部屋に二人で居る事について、どう思ってる?」

「男女って……また俺のことをからかってるのか?今まで何百回奏のことを部屋に招いてきたと思ってるんだ、そんなの何も感じな────」

「私たちは高校生の男女で、昔とは違って今私が座ってるこの湊のベッドもただふかふかな座り場所じゃない……高校生になった私たちには、もっと別の意味だって十分考えられるよね」

「……何が言いたいんだ?言いたいことがあるならハッキリ────」

「ハッキリ?私が頑張るたびにからかいで済ませる湊に、私がハッキリ言った言葉を受け止めることができるの?」

「っ……」


 俺は奏が何を言っているのかを明確には理解できなかったが、それでも何故か何も言い返すことはできなかった。


「……こんなこと言ってごめん、でも、私も逃げるのはもうやめるから、湊も逃げるのはもうやめてくれない?」

「逃げる……?俺が、何から────」

「今、約束して欲しいの……逃げないって」


 咄嗟に「約束って、具体的には何を?」とか「逃げないって、何からだ?」なんて言葉が出てしまいそうになったが、俺はその言葉を喉から通って口に出てしまう前に抑える。

 今は……そんなことを口にしている場合ではないと、俺の何かがそう告げていたからだ。


「……わかった」


 その逃げないという約束に、どのような意味があるのかは具体的にはわからないが、いつかわかる時が来る……そんな直感。

 俺がそう返すと、奏は満足気に笑った。


「本当は今のお話するだけのつもりだったんだけど……湊と話してるともうちょっと湊と一緒に居たくなったし、課題一緒にしよっか!」

「……あぁ」


 その後は、特にいつもと変わらない雰囲気で一緒に課題を始めた。

 それからしばらく課題を続けていると、奏が軽い口調で言った。


「そういえば、土日私と湊の二人でリゾート地に一泊二日で旅行行く事になってるから」

「……え?」


 俺が土日空いているかを確認したのはそのためか……確かに土日空いているとは言ったが、まさかこんなことになるとは……いくら何でも急すぎないか!?

 突然の発言に驚いた俺だが、その五日後……俺たちは、本当に今から二人で飛行機に乗ろうとしていた。

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