私とだけだからね?
俺がプロデューサーさんの言葉に内心戸惑っていると、そのプロデューサーさんが続けて口を開いた。
「嫌って……奏ちゃんはまだ高校生だけど、もう国内の若いモデルファンの人たちの中でもトップクラスに人気なのよ?こんなこと言いたくは無いけど、仕事として割り切って────」
「────辞めます」
「……え?」
奏は不吉な言葉を放った。
プロデューサーさんは焦ったように疑問を口にした。
「辞めるって、何を?このツーショットの撮影をってこと?」
「いえ……女の人ならまだしも、男の人とツーショットを撮らないといけないなら、私はモデル業を辞めます」
「え……!?」
モデルを……辞める!?
奏がそんなことを言うとは長い間共に時間を過ごした幼馴染の俺ですらわからなかった。
「……奏ちゃん?今奏ちゃんは若いモデルの中でも特に頭角を出してきてて、あと一年もあれば高校生の中ではもちろん、二十代のモデルたちを含めてもトップクラスに────」
「関係無いです、そこだけは譲れません」
奏は揺るがない強い声でそう言った。
譲れないところは絶対に譲らない、それが奏だということを、俺は他の誰よりも知っている。
だから、奏がその決定をしたのならモデルの男の人とツーショットを撮ることは無いだろうし、プロデューサーさんがそれを認めないと言うなら本当にモデルの仕事を辞めてしまうんだろう。
「困ったわね、今回のファッションテーマは高校生の秋服、今すごい勢いで人気の出てる奏ちゃんにはピッタリの撮影なのに……」
……高校生、ということはあの男のモデルの人も高校生なのか。
それはそうと、一つ気になったことがあったため、俺はそれを聞いてみることにした。
「あの、まだ七月の下旬なのにもう秋服の撮影をする必要ってあるんですか?奏がとりあえず今は嫌だって言うなら今急いで撮る必要も無いと思うんですけど……」
俺が素人目線からそう意見すると、プロデューサーさんは淡々と説明してくれた。
「写真を撮ってそのままアップできるならそれでも良いけど、奏ちゃんのやってるモデルの種類は雑誌が主流のスチールモデル、雑誌っていうのは表紙のデザインからそれぞれのブランドの服を着たモデルを撮影してそれを印刷、それに文字で解説を入れたり撮影した写真の照明度を調節したり、色々と大変なの……だから、一つ前の季節の時に次の季節の撮影をしておいた方が効率的なの」
「なるほど……」
そのプロデューサーさんの説明によって俺が素人なんだということを再認識した……が、そんな素人の俺にもプロデューサーさんが言っている意味はかなり理解できた。
やはりプロデューサーになっているだけあってその辺りのことには詳しく、噛み砕いた説明もお手のものなようだ。
「あぁ、本当にどうしよう……ね、ねぇ奏ちゃん?お給料弾むから────」
「おかげさまで、お金には今困って無いです……もう行こ、湊」
「……本当に良いのか?」
「うん、こんなことで湊との時間を一秒でも無駄にしたく無いから」
「……そうか」
俺はあくまでも奏の撮影に付き合ってここに居るだけ。
その奏がもうこの場所に用が無いというのなら、俺もこの場所から立ち去るだけ……だが、本当にこの選択で良いんだろうか。
今回の一件でモデルを辞めるとまで言った奏だが、それはあくまでも男性モデルとのツーショットを撮りたくないというだけで、モデルの仕事まで嫌っていたわけじゃない。
むしろモデルの仕事をしている時の奏は、楽しそうに輝いて見える。
……その輝きを、その一つの要素だけで失ってしまって良いのか?
……自惚れすぎたな、そのことを決めるのは俺じゃなくて奏だ。
俺がそんなことを考えても、何の意味も無い。
俺はそう割り切って、この場から去ろうと歩き出している奏の後ろを────
「そうだ、湊くん!」
「────え?」
プロデューサーが突然大きな声で俺の名前を呼んだため、俺は思わず振り返ってしまう。
「湊くん、今回だけ代理で男性モデルとして撮影してもらえない?今回だけ出て貰えばもう今後は何も────」
「湊の優しさにまで付け込もうとするなんて、本当最低────」
「最低でもなんでも、仕事はやり通さないといけないの……それに、奏ちゃんだって湊くんとならツーショット撮っても良いんじゃない?」
「もちろん湊となら問題無いですけど、その前に大きな問題があるじゃないですか……それって、湊のことモデルにするってことですよね?」
「今回だけ!」
プロデューサーさんが両手を合わせてお願いしている。
「嫌です、どうして私と湊のツーショットをわざわざ第三者に見せないといけないんですか、プロデューサーさんがモデル業のことを仕事っていうなら、私は湊とプライベートな関係です、仕事に混ぜないでください」
奏はしっかりと筋の通る意見を出した。
……今の奏はとても大人びて見えるが、それは奏が怒っているからだろうか。
……奏のことを本気で怒らせないように、俺も気をつけたほうが良さそうだ。
「そう言われちゃうとなぁ……」
プロデューサーさんもそんな奏に何も言い返せないのか、落ち込んだような表情をしている。
……予定していた仕事ができないとなると、今から帰って他のモデルさんのスケジュールとかも確認して埋め合わせで入ってもらったり、もちろんその他のスタッフさんたちのスケジュールも変わったりして色々と大変なことになるからだろう……別にプロデューサーさんとは親しいわけでもないが、見ていて痛々しいのは嫌だな。
「俺で良かったら、奏と写真撮ります」
「ちょっと湊!何言ってんの!?」
プロデューサーさんは黙って目を見開いたように驚いていたが、奏はしっかりと声に出して驚いている、そこには若干の怒気も含まれているようだった。
「だって、困ってるみたいだし……それに、一回だけなら問題無いだろ?」
「ダメダメ!湊は優しすぎるんだって、さっきの聞いてたでしょ?プロデューサーはその湊の優しさに付け込もうとしてるの!」
「でも────」
「でもじゃないの!絶対ダメだから!!」
「……本当に、モデルを辞めて良いのか?今回の撮影だけが嫌なら、今回の撮影だけを辞めるってことも────」
「どうせ今後も男性モデルとのツーショットは増えてくるのわかってるもん、そうですよねプロデューサー?」
「……」
沈黙、ということは奏の予測は合っているということだ。
だが、その一つの理由だけで、あんなにモデルの仕事を楽しんでいた奏が居なくなるのは……わがままだが、やはり俺が納得できない。
……なら。
「じゃあ、奏が男性モデルとツーショットをしないといけない時だけに限って、俺が奏と一緒にモデルをする、それならどうだ?」
「えっ……ダ、ダメだって!さっきも言ったけど、私は仕事とプライベートを────」
「仕事でもプライベートでも一緒に居れば良いだけの話だ、それに……ほとんど毎日撮影に付き合わせておいて、今更仕事もプライベートも何も無いだろ?」
「それは────ず、ずるくない?」
「そうかもな」
俺は軽く笑いながらそう返した。
「……本当に、私とだけだからね?」
「わかってる」
俺は奏の念押しに了解の意を伝え、プロデューサーさんに向き直ってプロデューサーさんに確認を取る。
「……っていうことなので、そういう感じでも良いですか?」
俺がそう言うと、プロデューサーさんは呆れたような顔をしながら言った。
「一人のモデルにツーショットの時だけの限定モデルなんて、異例中の異例中だけど、奏ちゃんに辞められると困るし、湊くんが限定的でもモデルになってくれるなら……今はそれが最善ね、わかったわ、じゃあ早速お願いしても良い?」
「はい」
俺がそれを承諾すると、奏がプロデューサーさんに近寄って、俺含め周りには会話が聞こえないように耳打ちで会話を始めた。
「湊がモデルとして活動するのは、私と居る時だけですからね!それと、湊一人の時は事務所に入れないでください!取って食われちゃいそうなので!」
「……否定できないわね、わかったわ、それで────」
「あと!せっかく湊と仕事でも同じ時間を共有するようになったなら、それを利用したいのでプロデューサーもフォローしてくださいね」
「フォローって?具体的には、元がラブホテルだったスタジオを借りて二人のことをその個室空間に残し────」
「全部言わなくて良いです!……でも、そういうことです」
「はいはい、全部わかったわ……全く、さっきまでの怖い怖い奏ちゃんはどこに行っちゃったのやら」
二人は話し終えたのか、奏が俺のところに戻ってきた。
「何を話してたんだ?」
「ん〜ちょっとね、それより、そろそろ撮影用の服着ちゃわないとね!」
……初めてのモデルとしての撮影、緊張はするものの奏に付いてきていたおかげで現場には慣れているという不思議な感覚だ。
「あぁ、そうだな」
「服を着替えるのはそれ専用の部屋で着替えるんだけど……覗いたらダメだよ〜?いつもは鍵閉めてるけど今日は気分的に鍵開けようと思ってるの、でも覗いたらダメだよ〜?」
「何度も言わなくてもわかってる、どうして俺が奏の着替えを覗かないといけないんだ」
「私の着替え覗く理由なんていっぱいあるでしょ!?」
「無い」
「じゃあ私が湊の着替え覗くから!」
「どういう理屈だよ!?」
俺たちは騒がしいながらもそれぞれ今回の撮影用の服を着て、撮影現場に戻った……ちなみに、奏は見慣れない服の着方に戸惑っている俺よりも早く着替え終わり、本当に俺の着替えを覗こうと俺の着替えている部屋のドアをこっそり開けようとしていたが、事前にしっかりと鍵を閉めていたため覗きは未然に防がれた。
そして……何度も見てきた現場だが、俺にとっては初となるモデルとしての撮影が始まろうとしていた。
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