お子ちゃま湊

「プロデューサー!ちょっと提案したいことがあるんですけど!」

「提案……?何?」


 奏が何かを提案するのは構わないが、俺は初めての撮影だから難しいことを提案するのはやめて欲しいところだ。


「今日って、高校生が対象になってる撮影ですよね?」

「えぇ、そうだけど」

「高校生って、やっぱり恋の一つでもしてみたい時期だと思うんですよ!」

「……それで?」

「だから、今日の撮影はに撮りたいんですけどどうですか?たとえば私と湊がキスしてるフリしてるところを撮影するとか!それでこんな恋愛してみたいって思った人がこの服を買ってくれる可能性も高まると思うんですよ!」


 恋人風!?

 難しいどころの騒ぎじゃない、ていうかキスのフリ!?冗談だろ!?

 さっきまで男性モデルとのツーショットを嫌だと主張していた人と同一人物の発言とは思えない。

 だが、それに疑問を感じたのは俺だけでは無くプロデューサーさんも同じはずだ。


「キス……たとえフリだとしても、未成年のキスショットを雑誌に載せて商業に持ち込むのは色々と問題があるわ」


 プロデューサーさん……!

 本当に助かった……危うく俺のモデルとしての初撮影がとんでもなくハードルの高いものになるところだった。


「じゃあ私が湊の腕と私の腕を絡めて頭を湊の体に傾けてピース、とかどうですか?」


 またハードルの高いことを……だが心配要らない、きっとこの無茶苦茶な提案もプロデューサーさんなら────


「それは良いわね、採用」


 ────プロデューサーさん!?

 俺はプロデューサーさんの突然の裏切りに衝撃を覚えた。

 ……きっと最初にキスという大きなことを聞かされたから感覚が鈍くなってしまっているんだ、早くプロデューサーさんのことを正気に戻さなければ。


「待ってください、キスはもちろんのこと今奏が言ったことだって結構なことだと思います」


 俺はハッキリとそう進言する。


「そう?別にそのぐらいなら刺激も強く無いと思ったんだけど」

「強いで────」


 俺がプロデューサーさんに反論しようとしたところで、奏が俺とプロデューサーさんとの間に割って入ってきた。

 そして……


「プロデューサー!確かに、私が悪かったかもしれないです」


 奏がさっきの提案を取り下げるようなことを言った。

 ……奏があの提案を取り下げるようなことをいうのは想定外だったが、それならそれでありがたい。

 モデル二人が拒否しているんだ、それを無視して強行することは権利問題とかに発展するはず。

 よし……とりあえず、俺の初めてのモデルとしての撮影は順調に達成でき────


「まだには刺激が強いってことを考慮できてませんでした!モデルとしての初めてのツーショットで、その相手にも気を遣うことができてませんでした、確かに恋人もできたことが無ければほとんど恋バナもしたことが無いには刺激が強かったです、のことを考えずに提案してしまったことを謝らせてください」


 そう言った後、奏はプロデューサーさんに頭を下げた。

 は?……は!?

 俺は危うくキレそうになってしまったが、小さな紙片ほど残っていた理性でどうにかそれを抑える。

 何が恋人もできたことが無ければほとんど恋バナもしたことが無いだ、恋バナに関しては知らないが恋人ができたことが無いのはそっちだって同じ……それに、ってなんだ!

 ムカつく単語を何度も何度も連呼して……年齢は同じだし、誕生日だって七日だけ奏が早いだけ、それでそこまで子供扱いされるのは頭に来るというものだ。


「奏、何か勘違いしてないか?俺は別に刺激が強いっていう意味で結構なことだって言ったんじゃない、結構子供じみた撮影にするんですねっていう意味で言ったんだ」

「そういうところが子供なんだってば!それに、さっきプロデューサーが刺激強くないと思うみたいなこと言った時、湊『強いで────』って言ってたじゃん!あれ絶対『強いです』って言おうとしてたでしょ!」

「違う、あれは『強いですよね、奏にとっては』って言おうとしたんだ』

「絶対嘘じゃん!もう本当子供!お子ちゃま湊!」

「誕生日が七日しか違わないくせに子供扱いするな!」

「じゃあさっき私が提案した撮り方で撮れるの?ちゃんとしっかり腕絡めちゃうよ?私と密着なんてしちゃったら湊倒れちゃうんじゃない?」

「そんなわけないだろ、簡単に撮れるからさっさと済ませよう」


 俺はもはや恥ずかしいという感情は消え、ただただ奏に子供扱いされていることが頭に来ていたため、その考えを変えさせるという感情で動いていた。

 ……もう二度とお子ちゃまだなんて言わせてたまるか!

 俺は早歩きで一足早くカメラの前に向かった。


「ひとまず、上手く治まったようね」

「はい、本当湊ってお子ちゃまなんですよ、まぁそこも良いとは思ったりするんですけど……」

「……奏ちゃんって、湊くんのこと好きなのよね?」

「別に好きとかじゃないです」

「じゃあもし湊くんに奏ちゃん以外の彼女ができたら?」

「湊に彼女?どこに居るんですかその女の子、連れてきてください」

「ちゃ〜んと怒ってるように見えるけど?」

「……湊は、誰にもあげません」


 プロデューサーさんと少し会話をしていたようだが、奏はさっきの俺と同じように早歩きで俺の居るカメラ前まで来て、俺の右側に立った。


「二人とも子供よ、全く……カメラ!照明!そろそろ撮影始めるわよ!」

「はい!」

「わかりました!」


 プロデューサーさんが気合いの入った声でそう言うと、カメラマンの人と照明担当の人が構えに入った。

 もう準備は万端という感じだ。


「じゃあ二人とも、さっき奏ちゃんが提案してくれたポーズしてくれる?」


 さっき奏が、言っていたポーズ……


「湊、もしかしてビビってる?湊がどうしても恥ずかしいって言うなら他のポーズでも────」

「ビビってるわけない、むしろ奏の方こそそう思ってるんじゃないか?」

「言うじゃん!」


 奏はスイッチが入ったように大声を出すと、俺の腕に自分の腕を絡め、俺の体に自分の頭を預けるように傾けた。


「っ……!」

「どうしたの湊?心臓の鼓動早くなってるけど」


 俺の胴体に耳を当てているわけではないし、秋服の分厚さで俺の心臓の鼓動音なんて聞こえるわけがない……完全に俺のことを馬鹿にしてきている。


「そっちこそ、寄せが甘いんじゃないか?もっと寄せた方が────いや、恥ずかしいなら無理にとは言わない」

「っ……そっちがそう言うなら、もっと寄せてあげる」


 奏は宣言通り、さらに体を俺に寄せてきた。

 っ……色々なところが当たっているし、何より奏は超人気モデルなだけあって見た目だけは可愛い。

 ────って、何を言っているんだ俺は、今は奏に俺が子供じゃないということを証明するんだ、だから少なくとも表面上は毅然としていないといけない。


「……奏はピースもしないといけないんだろ?早くピースもしたらどうだ?」

「あれ〜?なんか声小さくない〜?」

「一応仕事中なんだ、そんなに大声は出さない」

「ふ〜ん?ま、良いけど」


 その後すぐに奏は慣れたように空いている右手でピースを作った。

 ……相変わらず可愛さというものを完璧に理解しているようなピースの仕方だ。


「じゃあ撮るよ〜!」


 その後画角の調節や照明の調節をしながら数十枚ほど写真を撮られて、ようやく撮影が終了した。


「はい終了〜!二人ともお疲れ様〜!」

「は〜い!」

「照明って、意外と熱いんですね……秋服ってこともあってちょっと汗かいちゃいました」

「そうね、夏の時期が一番撮影が大変だと思うわ、今後も少しだけ湊くんに仕事を手伝ってもらうことがあると思うけど、よろしくね」

「こちらこそです」


 ……それはそうと、一つ気になっていたことがある。

 撮影が終了したにも関わらず、奏が俺に密着したままということだ。


「……奏?もう撮影も終わったし、そろそろ離れてくれないか?」

「……恥ずかしいんだったら、湊から離れれば?私はこんなの恥ずかしくないからわざわざ急いで離れる必要なんて無いけど」

「なんだよそれ、恥ずかしいとかじゃなくて普通に離れた方が歩きやすいだろ?」

「じゃあ、湊から離れれば?」

「……」


 別に普通に離れても良いはずなのに、今離れたら奏と密着しているのが恥ずかしいから離れたみたいになってしまう。


「くっついてきてるのは奏なんだから奏から離れてくれ」

「くっつかれてるのは湊なんだから湊から離れてよ」

「……」

「……」

「そうやって奏は昔からすぐムキに────」

「そうやって湊は昔からすぐムキに────」


 それから十分ほど口論をしたが、結局どちらかが離れることはなく密着したまま時が過ぎてしまった。


「どうするんだ?このままだと着替えられない」

「だったら湊から離れれば?」

「……先に言わせてもらうが、俺は恥ずかしくて離れるわけじゃないからな?あくまでも着替えるためだからな?」

「じゃあ離れれば良いじゃん、着替えた後の帰り道も私がさっきみたいに腕絡めるから、それでもし私から離れようとしなかったらその言葉信じてあげる」

「わかった、じゃあ今から離すけど着替え終わったらすぐにでも密着してくれば良い、俺は断じて恥ずかしくて離れるわけじゃないからな!」


 俺はそう念押ししてから、ようやく奏との密着状態から解放されて、先に着替え室に向かった。


「おめでと〜奏ちゃん」

「な、何がですか!?」

「さっきの会話聞かせてもらったわよ〜?ちゃっかり帰り道まで湊くんと恋人みたいに帰る約束なんてしちゃって〜」

「べ、別に良いじゃないですか!」

「良いけどね〜」

「……そういえば、私たちより先に居た男性モデルの人が撮影用の服に着替え終わった時には居なくなってましたけどどうなったんですか?」

「あぁ、その子なら仕方無いから別の撮影に回したわ、ちゃんと労力もお給料も変わらない撮影に回したから、急に仕事をキャンセルされた挙句安く使われて奏ちゃんに逆上、なんてことは無いはずよ」

「そうですか……ありがとうございます」

「……細かいことまで注意深く考えられる奏ちゃんなら、きっとトップクラスのモデルになれるわ」

「ありがとうございます!」


 俺は元着ていた制服に着替えると、すぐに部屋の外に出た。

 奏が居ないことから、奏はまだ着替え中だということがわかる。


「湊くん、初めての仕事お疲れ様」

「あ、プロデューサーさん……わざわざありがとうございます」

「もう部外者じゃ無いんだから、プロデューサーで良いわ」

「……わかりました、プロデューサー」

「よろしい!じゃあね、それだけ」


 プロデューサーは、本当にただ初仕事だった俺に労いの言葉をかけに来てくれただけのようだ……仕事中は仕事に本気だからか時々ピリピリしてるようにも見えたが、それは仕事と真剣に向き合っているからこそで、実際は気配りもしてくれる優しい人みたいだ。

 少しの間待っていると、奏が着替え室から出てきて、約束通り俺に密着した。


「……な?離そうとしないだろ?だから俺は別に恥ずかしがってたわけじゃ無いからな?」

「帰るまで私のこと離さなかったら信じてあげる!」

「わかった、じゃあ奏のことを離さない」

「っ……うん、私も離さないよ」


 奏は、何故か俺の腕に絡めている腕の力を強めた。

 その後、俺たちはその状態のままの家の前まで帰り、最後は二人で同時に離れたことでこの論争は幕を閉じた。

 色々とあったけど、俺は今日限定的とはいえモデルになって、初めてモデルとして撮影したんだな……俺は帰宅してからは疲れていたが、汗をかいていたためすぐにお風呂に入ってからリビングでゴロゴロする────予定だったが、帰ってからすぐにインターホンが鳴った。

 ……ちょっと前にもあったことだ、もはや相手が誰かわかる。


「さっきぶり〜湊!」

「やっぱりか」


 荷物だけを家に置いてきたらしい奏が、俺の家のインターホンを鳴らしたようだ。


「何か用か?」

「うん、一緒に照明浴びて汗かいてると思うから、どうせならお風呂も一緒に入りたいなって思ってさ」

「今すぐ帰ってもらっても良いか?」

「待って!湊にとっても悪い話じゃないよ!」


 俺にとっても……悪い話じゃない?


「どういうことだ?」

「もし私と一緒にお風呂入ってくれたら、私の────」

「結構だ、帰ってくれ」

「まだ何も言ってないのに!?」

「私の、の時点でどうせろくなものじゃない、さっさと帰ってくれ」

「なんでそう決めつけ────」


 俺は奏のことを締め出すようにして家の鍵を閉めた。

 ……はぁ、余計に疲れた、さっさとお風呂に入って今日はもう寝てしまおう。

 俺はそのままお風呂に入って、すぐに眠りへと落ちた。

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