湊に手出したら許しませんから

 俺がモデルになってから一週間。

 今の所奏がツーショットを撮るようなことは無く、俺がモデルとして活動することも無く、あの撮影は秋用の服だったため俺と奏のツーショットが雑誌に掲載されるのもまだまだ先のこと……だが、今日はプロデューサーから呼び出しをくらい、改めて色々と手続きをするために奏の所属している事務所に行くことになった。


「湊、わかってる?可愛い人とか綺麗な人とかが居ても、絶対話したらダメだからね?最低限の礼儀としての挨拶だけで良いから」

「わかってるから、そう何度も言わないでくれ」


 俺だってそういうモデルさん達と距離を近づけるため、なんていう不純な動機でモデルに志願したわけではない。

 あくまでも奏のツーショットの時だけのためだ。

 だから奏には何度もわかっていると言っているが、さっきから三回ほどその確認をされている。

 何十分か歩いていると、ようやくその事務所の前に着いた。


「ここが事務所だよ」

「こ、この建物が……」


 建物は七階建ての白色、モデル事務所だからか外装には拘っているらしく、相当綺麗な白色だ。


「じゃあ入ろっか……中には綺麗な人ばっかりだけど本当に────」

「わかったって言ってるだろ!大体、あまりこういうことは言いたく無いけど、仮にも俺は今人気モデルの奏と普段過ごしてるんだ、容姿が整ってる人には多少慣れてる」

「それって……私のこと可愛いって言ってくれてる!?」

「そんなことより、早く入ろう、夏場に太陽に当てられた状態で立ち話っていうのも体に良くなさそうだ」

「そんなことじゃ無いから〜!!」


 奏の叫び声を聞いた後、俺たちは一緒に事務所の中に入った。

 事務所の中にはしっかりとクーラーが効いていて、生き返る気持ちだ。

 プロデューサーさんが居るのは五階らしく、俺たちはその五階へ行くためにエレベーターに乗った。


「……湊、昨日どうだった?」

「どうって、撮影のことか?」

「それも大事だけど、そうじゃなくて……昨日の帰り道のこと」

「帰り道……あぁ、密着して帰ったことか?」

「うん」


 ……昨日の流れであれば、奏に子供扱いされないためにも「なんとも無かった」と返しているところだが、今の奏の雰囲気は昨日とは異なるため俺は見栄を張らずに話すことにした。


「正直、ちょっと恥ずかしかったな」

「そう、私は幸せだったよ」


 幸せ……?


「それ、どういう────」


 俺が奏にそのことについて言及しようとした時、階段を登りながら話していた俺たちの目の前に女の人が居て、話しかけてきた。


「あれ〜?奏ちゃんじゃん!」

「こんにちは、先輩!」


 奏が先輩、と呼んでいることからおそらくはこの人もこの事務所に所属しているモデルだということがわかる。


「そっちの彼誰〜?もしかして彼氏〜?もうダメじゃん奏ちゃん〜!いくら高校生だからって事務所に恋人連れ込まれたら困るよ〜」

「か、彼氏とかじゃ無いですから!彼もこの事務所のモデルになったんです、ちょうと一週間前に」


 奏がそう説明すると、先輩モデルの人が驚いたように口を開いた。


「え、マジで!?高校生の男の子とか超レアじゃん!しかも奏ちゃんの恋人じゃ無いんでしょ?だったら────」

「湊に手出したら許しませんから」


 奏が先輩モデルの人に何かを耳元で呟くと、その人は「じょ、冗談だって!じゃ、じゃあ頑張ってね〜」と笑いながら階段を下りていった。


「……はぁ、この先が思いやられるなぁ」

「そうか?」

「そうなの!」


 そしてプロデューサーが居るという五階に着くと、プロデューサー室と書かれた看板が掛かっている部屋があった。

 奏が部屋のドアにノックをすると、中からプロデューサーの声が聞こえてきて、奏が先導する形で俺たちはその部屋に入った。

 テーブルが一つしか無いことから、プロデューサー室という名の通りこの部屋はプロデューサーのためだけの部屋だということがわかる。

 ……プロデューサーという何違わず、もしかして相当偉い人なんだろうか。


「お疲れ様で〜す!」

「いらっしゃい二人とも、湊くんは今から色々と手続きをしてもらうけど……奏ちゃんはすることが無いと思うから、その間下の階で次の撮影の打ち合わせ軽く覗いといてくれる?」

「わかりました!湊、もし変なことされそうになったらすぐ私のこと呼んでね!」

「未成年に変なことなんてしないわよ」

「どーだか!」


 その会話を最後に、奏はこの部屋を後にした。

 ……奏はたまによくわからない念押しをすることがあるが、それは気にしないでおこう。


「じゃあ湊くん、とりあえずこの紙に必要事項記入してもらっても良い?」

「はい……あの、ちょっと気になったんですけど、部屋の中でもサングラスしてるんですね」


 サングラスは本来太陽光が入ってくるのが嫌だからという理由でするものだと思うが、何か他の理由でもあるんだろうか。


「あぁ、ただのファッションよ……はい、ボールペン」

「ありがとうございます」


 端的に答えを返されて、俺はその答えに納得しプロデューサーからボールペンを受け取った。

 それから数分間の間記入を続けていると、プロデューサー室のドアがノックされた……プロデューサーが返事をすると、そのドアは開かれてノックした人物が部屋の中に入ってきた。

 ……ノックされた時は奏が戻ってきたのかとも思ったが、入ってきたのは奏ではなく、切れ長のある青い瞳に銀髪、整った顔立ちをしていて、さらに色白でスタイルが良く高身長という、一目見ただけでモデルだということがわかるほどの綺麗な人だ。


「失礼します、次回の撮影の件でお話があるのですが、今お時間は大丈夫でしたでしょうか?」


 しかも礼儀正しい……!

 礼儀正しいというのは、プロデューサーに敬語を使うのは当たり前、という話ではなく。

 姿勢が模範のように正しく、喋り口調からもどこか品性を感じられたからこその感想だ。


「あぁ、今……少し後でも良い?今彼の手続きをしてるの」

「彼……?」


 その銀髪の女性は周りを見渡すと、すぐに俺と目が合った。


「……どなたでしょうか?」

「異例の形でモデルになった湊くん」

「男性の方は珍しいですね、よろしくお願いします、湊さん」


 銀髪の女性は俺に微笑みながら言った。

 ……過度な表現かもしれないが、奏を可愛さの極地だと表現するなら、この人は綺麗さの極地に居ると表現できる、それほどの美貌を見て取れる。


「こちらこそよろしくお願いします……そちらは、名前なんて言うんですか?」

「名乗るほどのものではありませんので、お気になさらないでください」

「何言ってんの、うちの事務所ののくせに」

「トップモデル……!?」


 ……だが、確かにそう言われればこの美貌も納得が行く。

 でも、その割に俺はこの人のことを見たことが無いのはどうしてだ?この事務所のトップモデルだって言うなら、それこそコンビニのファッション雑誌の表紙とかになってても良いはずなのに。


「プロデューサーさん、そのようなことを言うのはやめてくださいと言ったじゃありませんか、モデル業に上も下もありません」

「あぁ、はいはい悪かったわ」


 流石トップモデル……っていうのは本人が嫌ならその呼び方はやめておこう。


「……あの、どうお呼びすれば良いですか?何かの縁ですし、お名前を────」

「ストーップ!何やってんの湊!」

「か、奏!?」


 俺が銀髪の女性から名前を聞こうとしたところで、奏が突然ドアを開けて中に入ってきた。


「嫌な予感したから来てみれば、トップモデル口説いてるってどういうこと!?」

「誤解だ、口説いてたわけじゃなくて────」

「問答無用!この変態!すぐ誰彼構わず口説いたりして!」

「だから誤解だって言ってるだろ?」

「そうですよ奏さん、湊さんはただ私と縁を結びたいからと名前を確認していただけのことです」


 どうして今そんな誤解を生むようなことを言うんだ銀髪モデルさん!

 っていうか、俺は縁を感じたとは言ったが縁を結びたいとは言ってない!

 ……と思ったが、顔からは邪気を感じられない……もしかして天然なのか!?どうしてこのタイミングでそんな最悪な天然を発揮するんだ……!

 おかげで────

 

「縁を、結びたい……?……は?」


 奏が虚な目をして俺のことを見ている……

 まずい、どうにかして奏の誤解を解かないといけない。

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